母の影 (新潮文庫)
母の影 (新潮文庫) / 感想・レビュー
夜間飛行
冒頭、いつ召集されるかわからぬ時局に友人と穂高に登った思い出が高揚した文体で語られ、宿でふと耳にした母への悪評が作品の起点となる。男の子は年頃になると、朝、パンツが汚れている事があります、と息子に平然と語る母・輝子は強烈な存在だ。そんな母へのどこか一体感を欠く甘えと、親しめない父・茂吉の短歌への距離を置いた愛着…など肉親への情が、戦時において死が日常化しているせいもあって、張りつめた透明なものへ結晶化している。母の鏡台にあった偽の宝石に、夜の根津山で見た珍しい甲虫と同じような憧憬を抱く一節は奇妙に美しい。
2014/12/04
Gotoran
斎藤家の次男の著者が幼少時代の記憶を辿り、文学に目覚めた若い頃を思い出しながら、我儘で勝気な「痛快婆様」と呼ばれた母への愛惜、父への尊敬、そして二人の死を綴った追慕溢れる自伝的作品。青山にある大病院の娘に生れ、お嬢様として育ち気丈で破天荒な性格の母鏡子に関わる様々なエピソードが綴られていて、興味深く、面白く読むことができた。
2024/02/11
佐々陽太朗(K.Tsubota)
本書は斎藤茂吉という偉大な歌人を父に持ち、輝子という猛女(?)を母に持った子供として、その家族を追想した自伝である。歌人としては立派であっても、一緒に住むと息が詰まりしんどくなるような存在の父、世に「ダンスホール事件」と称される不祥事の当事者の母、このような普通ではない両親を持った運命に翻弄されながらも、父を歌人として尊敬し母を思慕する己を書きつづっている。それにしても北氏の母上はキョーレツです。男尊女卑の風潮が強い大正から昭和初期にかけてこのような破天荒な行動がとれるとはあっぱれとしか言いようがない。
2011/05/30
ソープ
若い頃ずいぶんとこの作家さんの本は読み漁ったつもりです。特に楡家・・は数回に渡って読みました。そうとうの育ちの方ではありますが、ご両親ご兄弟のからみも少し知りたく読んでみました。いつ読んでもまろやかなで穏やかな気持ちで読ませてくれる文体です。好きな作家さんです。
2014/11/04
おとん707
自伝的エッセイ集。通常の作家の自伝と違うのは父親が斎藤茂吉であること。その茂吉は厳格で短気な超変わり者だったようで、その茂吉から一度は追い出され、最後は戻ってくる妻輝子、つまり北杜夫の母も猛烈に行動的で贅沢で倹約家という怪女。この個性の強いふたりを北杜夫が親として語りながら自身の人生を学生時代から振り返るのだが時代はまさに戦中戦後の混乱期。母親は出て戻り、家は焼け、家族は疎開、自身は寮生活。だが両親も、血を引き継いだ北杜夫も力強く時代を乗り越えて平和な戦後へ。茂吉亡き後の母は影から光へ。痛快な老後だ。
2024/04/21
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