めぐらし屋 (新潮文庫)
めぐらし屋 (新潮文庫) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
およそベストセラーになどなりそうもないタイトル。そもそも「めぐらし屋」というのが、例えば八百屋、あるいは魚屋などといったように、そのものの属性を現しているのか、それとも屋号なのかも読んでみるまではわからない。本書はおそらく、堀江敏幸の小説を読みたいと思って手にする読者だけを想定しているのだろう。関心のない人は読んでもらわなくていいのだという「いさぎよさ」に立脚しているのだ。しばしの間、蕗子さんとともに、たゆたうような、それでいて確かな実在感のある物語の世界に時を過ごすのは、まさしく小説を読む楽しみなのだ。
2014/04/08
新地学@児童書病発動中
これはお勧め。父の遺品を整理していた蕗子は父のノートに「めぐらし屋」という言葉を見つけたことで、父の意外な一面を知ることになる―――。仕事で忙しかったり、人間関係でいらいらすると感情や感覚が擦切れて、投げやりになることがある。そんな時に堀江さんの本を読むと自分の内側が新しくなって、生き生きとした感覚や感情が戻ってくる。この本もまさにそんな作品だった。丁寧な文章で、普通の人々の生活を温かく描いているから、物語の中でもう一度生き直すことができるのだ。
2014/07/13
コットン
主人公蕗子さんの亡父の自分の知らないところで生きていた証(良くできているけれど未完の百科事典を不器用に売り歩いていた頃や人情ある『めぐらし屋』をしていることなど。)を愛情をもって描いた作品。同感なのは解説:東直子さんの「堀江さんの文章を読むと、とても落ち着く。」
2016/03/10
南雲吾朗
いつまでも物語の続きを読んでいたいと思った本。父親の遺品整理でふと見つけたノートから物語は始まる。学校の置き傘の話から始まるあたりで、美しく懐かしさを感じさせる文章に完全に鷲掴みにされた。子どもの頃のエピソード、父の手記、仕事の話、食事風景、あらゆることを通して蕗子さんという人物像が浮かび上がってくる。等身大の人となりが、親しみを感じさせて物語が浸み入る気がする。無理をしないけど、精一杯真摯に生きる蕗子さんに元気づけられる。何気ない日常の事柄なのに、堀江さん綴る文章は何故か魔法のように美しく心に響く。
2021/06/14
miri
亡くなった父の残したノートに幼い頃に描いた絵が貼ってあった。痕跡を辿っていくと、どうやらめぐらし屋ということをしていたようだ。疎遠だった父の仕事に巻き込まれつつ、興味も持つ。主人公の名前がいいですね、蕗子(ふきこ)さん。今と子供の頃というのは時間の流れが違っているように感じられますが、この作品では一連の流れの中に今がある。思い出も現在も同じ色で著述されている。中勘助の『銀の匙』を読んだ時にも同じような色を感じました。自分の中に花を咲かせるような感性、羨ましくも思えました。
2021/07/25
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