過ぐる川、烟る橋 (新潮文庫 さ 27-7)
過ぐる川、烟る橋 (新潮文庫 さ 27-7) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
このタイトルと鷺沢萌のイメージからは、本書の主人公がプロレスラーというのは想像もつかない。もっとも、プロレスのシーンが描かれるわけではなく、主人公の脇田はむしろ大きな身体を恥じ、持て余してさえいた。そんな彼がプロレスの世界に身を投じたのは、ほんの些細な偶然だった。本書は一貫して、もしもあの時こうしていたらという人生の岐路を描いている。後悔というのとも違うが、それは十分に苦みと痛みを伴っているがゆえに読者の胸にもせつなく響く。「頑張る」だけでは追いつけないものがこの世には山ほどあるのが悲しい現実である。
2020/11/06
新地学@児童書病発動中
切ない切ない小説。読んでいて何度か涙がこぼれた。心の一番深いところに届いて、そこにとどまりそうな内容を持っている。プロレスラーとして成功した男が、夜の博多の街を歩きながら、川の水面に映ったネオンを見つめる。若い時に苦楽を共にした友と彼の恋人のことが、脳裏に甦る。巧いと感じたのは現在と過去を交互に描きながら、主人公の空虚な胸の内を浮かび上がらせる所だ。主人公は結末で、友人と恋人に再会する。その時彼の胸の中に湧き上がった感情は、どのようなものだったのか。生の哀しみを詩情豊かに描いて、胸に迫る素晴らしい作品。
2017/04/05
しいたけ
街の灯りを映しキラキラ輝く川面も、実は流れていてとどまる水はない。愚直な男が守りたかったもの、取り戻せないものが、どこか懐かしい背景の中に溶け込んでいく。感覚の新しい小説は、案外私に背伸びをさせ消耗させているのかもしれない。セピアに烟るもの哀しい小説に、不思議と癒され暖められる自分に気づく。
2018/06/10
ココ
プロレスラーとして成功を収めた主人公の、ぬぐいきれないセピア色の哀愁を、丁寧に描いている。強い男の優しさが、郷愁と共に、切なく伝わる。女性の筆とは思えないうまさがある。初読み作家さんだが、この出会いは嬉しい。
2019/01/26
メタボン
☆☆☆☆ 人間を描くのが本当に上手いなあと唸らされた。プロレスラーとして成功した脇田と、生きるのに不器用で躓いてしまう波多江。そして波多江を支えるユキ。この3人の人間模様が切実で切ない。博多の川の風情も良く描かれており、脇田と波多江が「対岸」にいる隠喩にもなっている。「頑張るだけでは追いつけない」真理を波多江の生き方に見る。
2021/12/22
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