悪霊(上) (新潮文庫)
悪霊(上) (新潮文庫) / 感想・レビュー
夜間飛行
リベラルな思想を持ちながら富裕な婦人に養われるステパン氏の結婚話は、様々な未来幻想の明滅する農奴解放期のロシアで、老知識人の良識と感傷が空転するさまを物語る。そうした歴史・風俗的な構図に、倫理と自由への問いが黒雲のように広がっていく。命のやり取りを何とも思わないニコライ・スタヴローギンは悪党だろうか。キリーロフの語る「苦痛と恐怖に打ち勝ち、生きようと生きるまいと無頓着な」人は自由といえるか。題辞に、悪霊の入った豚の群れが湖へ走るという聖書の一節を掲げる本書は、悪霊を前にした人の知性を問うているようだった。
2019/10/16
ハイク
ドストエフスキーの「罪と罰」「白痴」に続いて3作目である。始まりは登場人物が多く筋書きは中々掴めなかった。そこでサイトで登場人物一覧表を手元に置き読み進めた。始めはワルワーラ夫人とステパン氏を中心に周辺の人々の様子をGと言う人が物語を進行していく。本での半ば過ぎに主人公のスタヴローギンが登場する。これまでの作品と同様、著者は登場人物の特に内面的な描写を念入りに描いている。有神論と無心論との議論が一つのポイントだ。スタヴローキンはあまり感情を顔に出さず論理的に自分の考えを述べる。今後主人公の動向に注目だ。
2017/04/03
のっち♬
無政府主義や無神論に走って秘密結社を組織し、過渡期ロシアの転覆を企てる青年たち。思想小説要素が強く、一癖も二癖もある偏執的人物が揃っている。プロットよりも饒舌かつ熱量豊かな激論に大きく重心を据えている点に、信仰や革命に対する著者の危機意識の高さが窺える。特にスタヴローギンにはニヒリストの道徳的欠陥に対する懸念が現れているし、キリーロフの独特の無神論は実に過激。複雑な人間関係の説明が延々と続く上に人物描写にムラがあり、終盤でようやく全体像が浮き上がる。「人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないから」
2018/11/04
syaori
舞台は農奴解放令発布前後のロシアの地方都市。古い秩序が崩れつつある社会を背景に物語が進みます。印象としては、社会の変革を目指し様々な思想を語る青年同士、また彼らの親世代の古い自由主義思想家たちとの摩擦の中に人間の功名心と虚栄と愛と欺瞞と鬱屈が滾り、「混沌と、動揺と、不安のただなかに」いるよう。それを助長するのが嵐の前の静けさ的な物語の状況で、スタヴローギンの≪罰≫や語り手が暗示する事件等の情報が徐々に明らかにされ、興味も緊張感も尽きません。ピョートルの暗躍と、彼の町の社会への影響の伸長が示唆されて下巻へ。
2022/08/05
metoo
舞台劇のよう。皆、演じている。熱に浮れたように。悪霊に取り憑かれたように。美男で長身の謎めいたニコライの、びっこで白痴の女性への求婚、そしてピストルを使った決闘。何かを企てようと躍起になって上へ取りいり、横へ情報網を張り巡らせ一時も止まることを知らないピョートル。革命家セルゲイ・ネチャーエフがモデルと言われている。そして、この舞台劇を盛り上げるのは、ツルゲーネフがモデルと言われているカルマジーノフに対する罵詈雑言を放つピョートルの父ステパン。ステパンの長台詞はまさにドスト節。下巻楽しみ。
2017/09/18
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