幸福な死 (新潮文庫)
幸福な死 (新潮文庫) / 感想・レビュー
のっち♬
既に「反抗」が起点となり、根強い衝動や事実判断に意識的姿勢をとる思想の土台は固まりつつある。幼少期を貧困の中で過ごした著者にとって"幸福にはお金と時間が必要"という実感は強固なものだったろう。実現のためには如何なる手段行使も厭わないと思えるくらいに。棄却作品だけに場面毎の色調・縫合の散漫さや女性配役の不器用さなど試行錯誤の痕跡が生々しい。修辞技法も肩の力が入った印象で若々しい生の煌めきがある。『異邦人』とは見かけは対照的な死、しかし、季節の律動や大地との一体化の中に「幸福」の本質が併読でより鮮やかに映る。
2022/12/14
優希
「死」という人生の幕引きをどう捉えるかということについてひたすら考えていたことが伺えます。幸福のために人を殺し、ハーレムの中にいても自ら愛する人を見つけられず死を迎えるメルソーのあり方に悲壮感はなく、ドライにすら感じられるのは、カミュ文学の持つ不条理の精神にあるように感じました。死すら幸福にあるという考えに息が詰まるのは、考えに行き着くまでの過程を無意識に見るからだと思います。とはいえ、生きることを否定していないのに閉塞的な空気が漂っていました。静かに迎える死という最後が幸福を物語っているのでしょう。
2016/07/02
たーぼー
『異邦人』へのインスピレーションと因果が交わる面白い読み物である。それぞれの章のイメージという点においては、連なりのない部分も見受けられるが、カミュの思索と抒情的なアクセントが明徹に凝縮されており、これらが深い恍惚感を携えてストレートに迫ってくる。人生を愛しすぎたがゆえに、死はときに宿命的で優しい行為でもある、という主張になんの矛盾と不思議があろうか。かえってそれは人の才智を貫いて交錯する幸福の戯れと明朗な達観を美しく生成させるものにほかならない。虚ろな太陽の輝きの中で溶けてゆく彼岸の讃歌に酔いしれた。
2017/05/20
Willie the Wildcat
”幸福”方程式の変数。お金と時間と心のバランスなのか・・・。お金と時間では、必ずしも満たされない心。孤独感。故郷の自然に身を投げ出し、体感する心の響き。登場人物1人1人からの気づき、そしてリュシエンヌの唇に太陽を見出す最期。愛し、愛されることで曝け出す自身。意志ではなく意思、あるいは意志から意思への変遷なのかもしれない。然るにザグルーの最期も、(誤解を恐れず言えば)手段ではなく必要不可欠な過程の一端。但し、日々の苦悩の齎す人生の深みへの近道はないという事実の裏返し。そういう意味では確かに”資料”。
2015/11/24
絹恵
永遠と書いて毎日と読ませるような重さのない時間の連続のなかで、二項対立のどちらかをただ選択するそれを幸福とは呼ばないのなら、やはり幸福は意志の上でのみ感じられるのだと思います。メルソーはムルソーの兄であるからこそ、彼もまた海に辿り着き、太陽に囚われていました。そして兄の運命をなぞることで人生を成立させたムルソーは、意志の上で幸福を完成させることが出来ていたのだろうかと考えました。
2015/09/11
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