幻影の書 (新潮文庫)
幻影の書 (新潮文庫) / 感想・レビュー
buchipanda3
「これはいくつもの悲しみと、なかば思い出された夢の集積だ」。次々と繰り出される奇術(物語)に取り込まれるように最後まで夢中になって読んだ。まるで幻影のような人生。いや誰にとっても人生そのものが幻影なのか。どれほど数奇な人生でも当人を失うと、誰かがその姿を書き残さない限りその歩みは(公的記録を除き)霧散してしまう。その覚束ない儚さに戦慄いた。それでもフリーダが死者としか対話しないヘクターを生者へ戻し、アルマもジンマーを引き戻したことは幻のようでも紛い物では決してない。それは人生の確かさを導く物語だと思えた。
2024/07/23
pohcho
家族を突然の飛行機事故で失くし、絶望の日々を送る私を救ったある無声映画。その主演俳優兼監督のヘクター・マンは、何十年も前に映画界から忽然と姿を消してしまっていた。映画の研究書を出版した私のもとに彼の妻から手紙が届く。そしてある日、私の家の前に見知らぬ女が現れて・・。ヘクター・マンの撮った映画のストーリーやその人生が語られるが、数奇な運命の巡り合わせともいうべき出来事の連続。不可思議な魅力に満ちていてとても引き込まれて読んだ。柴田さんの訳も流石。オースター作品は追悼の意も込めて時間を見つけて読んでいきたい。
2024/06/01
ウッディ
飛行機事故で妻と二人の子供を亡くした大学教授のジンマーは、絶望の中で一本の喜劇映画と出会い救われる。その主役兼監督として10本の映画を残し、忽然と姿を消したヘクター・マン。彼の研究に打ち込むことで、生きる目標を取り戻したジンマーの元に、ヘクターの妻と名乗る女性からの手紙が届く。ヘクターが残した映画が魅力的で、現実にあるなら観てみたいと思わせ、彼の失踪の謎と辿った軌跡もドラマチックで、本当に面白かった。失踪後に彼が撮った映画「マーティン・フロストの内なる生」が難解で、自分の理解が及ばなかったのが少し残念。
2024/02/26
市太郎
訳者の言葉を借りるのではないがこの小説は本筋の他に別の作品が盛り込まれている作品内作品の秀作。無声映画とそれを作ったヘクターという男性の人生の物語がこの小説には含まれる。実はこの本自体、幻影で語り手の創造ではないかと疑った。だってこの主人公の人生は上手く出来すぎているし、偶然が重なりすぎている。(この話には続きがあるように感じたのは「写字室のなかの旅」というタイトルがあったからだろうか)ともかくこのオースター的な無声映画も幻影の書である。そしてこれは生と死の狭間に自分を救う手がかりを見つける為の書である。
2014/03/24
えりか
絶望からの再生。突如として姿を消した無声映画俳優の人生と、それを追うジンマーの人生が重なりあう。また幾つもの偶然がもたらすジンマーとアルマの運命。互いの絶望が共鳴しあう。そして随所に挿入される暗示めいた作中作。悲しみの連続であるにも関わらず、どこか心地の良い陶酔を覚える。惑わされているよう。主要な登場人物の全てが大切なものを失い、絶望し、諦め、もがいている。人の悲しみは完全に癒えることはないのかもしれない。深い悲しみと絶望、そして虚無。それでも最後の希望を思い、静かな感動をもって本を閉じる。
2017/05/03
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