存在論的、郵便的: ジャック・デリダについて
存在論的、郵便的: ジャック・デリダについて / 感想・レビュー
harass
個人的な長年の宿題本。デリダの後期著作はなぜあれほど難解なのかを考察する、著者のデビュー作。デリダの初期著作や概念、脱構築などや、影響を与えた思想家などの概念との論考。正直、一般向けに書かれた本ではなく、途中わからんところは飛ばしていく。それでもハイデガーのあたりについてはなかなか面白い。いろいろ唸ってしまった。思想を整理するキレに感心する。最近読んだ著者の対談本などで感じられた要素はすでにあることを気づく。積極的にではないが、手元に置いておきたいと感じた本だった。良書。
2018/09/11
harass
返却前に再読。第四章が非常に興味深く、個人的にこの本を読んだ意味があったと実感する。論理や言葉で言い表せないもの「不可能なもの」をいかに論じられてきたかが考察してある。ウィトゲンシュタインの論理実証主義では沈黙すべきとする領域を、ハイデガーが論じる工夫「現存在」を生み出し、それゆえの神秘主義じみた隠語の問題と、そこからヒントを得た、ラカンの「対象a」や現実界、そしてデリダによる乗り越えと、デリダ紹介とは関係のない項目であるが、実に納得した。
2018/09/13
燃えつきた棒
《25年後の『存在論的、郵便的』から『訂正可能性の哲学』へ──東浩紀氏とのディスカッション》のイベントに参加するため手に取った。/ 哲学書は足が速い。 何もすぐに古びてしまうなどと言っているのではなく、たちまちどこに置いたか分からなくなってしまうという意味だ。 とにかく、言えるのは、動かしすぎてはいけない、ということだ。 だから、やっと捕まえたと思ったら、よくよく見れば三度買いだったりもする。 額なりやすい割に、学なり難し。 棹に枕すれば寝にくいし、将に釘刺せば流される、とかくこの世は住みにくい。→
2023/08/24
しゅん
デリダよりハイデガーがわかった気がする。ヴィトゲンシュタインは「ペガサスは存在するか?」という問いに答えることはできても「なぜ「ペガサスは存在するか?」と問うのか?」という問いに答えるのは論理上不可能だと線を引いた。その不可能性に挑むのがハイデガーであり、デリダを始め60年代以降のフランス思想家はハイデガーの位置に立っている。そして、デリダは不可能性を単数ではなく、複数であると考えている。この辺りの整理はかなりクリア。とはいえ、理解が追いついていない部分も多々あるので、デリダをある程度読んだ後に再読したい
2017/09/23
chanvesa
勉強不足で読んでしまったので、なにもわからずじまい。中期デリダは難解なイメージを漠然と持っていたが、やはり相当やっかいなよう。そもそもハイデガーもヴィトゲンシュタインも未着手なのでそれからか。フロイトも。色々勉強してからもう一度おうかがいします。
2015/11/21
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