家守綺譚
家守綺譚 / 感想・レビュー
ヴェネツィア
読み終わって(読んでいる途中でもそうだったが)、しみじみといい物語だったと思う。古雅で風格のある文体。しいて先例を求めるならば、漱石の『夢十夜』か。季節の推移にともなう植物誌としての味わいも深く、繊細で静かな感興に満ちている。不思議なものが、これほどまでに日常と一体化した作品も珍しいだろう。全編に妖艶な景色が漂う、ほんとうに得難い作品だ。
2012/05/03
へくとぱすかる
疏水・ヒツジグサ・ボート部・毘沙門・牛尾山・小関越え。「京都」も「琵琶湖」も言葉としては出ないが、大正時代?の京都郊外・山科疏水の自然の中、怪異と背中合わせの幻想的な日常が描かれる。セリフがカッコ書きではなく、長いダッシュで引かれるためか、夢で聞く声のような静謐さと、遠い時代の出来事であることを感じさせる。民俗的だが、それでもやはり近代の視点で照らされる過去の世界。琵琶湖周航歌を想起させるように、亡くなった親友が唐突に現れながら、作家志望の綿貫はそれを平然と受け止めて、自然と暮らす日常を送る。詩的小説。
2020/10/20
Gotoran
湖でボートを漕いでいる最中、行方不明となった親友、高堂。しがない著作家、綿貫征四郎(主人公)は、高堂の年老いた父から、家守を頼まれる。大自然に囲まれた山里(の家)で、身辺に起こる異界の生き物たちの(此岸と彼岸の)不思議な怪異現象が、静かに淡々と過剰な修辞もなくすっきりした文体で紡がれた二十八篇の四季折々の草花に纏わる儚くも美しい物語。忘れられつつある日本人のアイデンティティ(侘び、風情)に結び付く、自然(花鳥風月)への畏敬の念に対する著者の思い(メッセージ)を汲取ることができた。心地よい読後感。
2012/08/08
なゆ
不思議で怖いような出来事が、こんな風にさらりと書かれていると、すんなりあり得そうに思えてくる。河童の抜け殻、恋するサルスベリ、化かしたり恩返しする狸、昼寝の子鬼、人魚みたいな鮎、極めつけはとっくの昔に死んだはずの親友が掛け軸から現れる日々。それらの日々を季節感豊かに、おっかなびっくりしながらも飄々と綴られていて、読んでるこちらも異界がすぐ隣にあっても楽しそうにさえ思えてくる。あの隣のおかみさんみたいに、当然のように「よくあることです」って言いたくなるような。ちょっとワクワクした一冊。
2013/01/18
masa@レビューお休み中
数々の読友さんが梨木香歩のベスト作品だから読むべしとオススメされた一冊。読んでみて、その良さはすぐにわかってしまった。なぜ、こんなにも奇異で異端な人々を描いているのに、しっくりとこの身に馴染んでしまうのだろうか。そう思ってしまうくらい、瞬時に物語の中に入り込んでしまえるのだ。友人は亡くなっているのに度々現れるし、木であるはずのサルスベリは主人公に懸想してしまうし、他にもおかしな出来事が実に見事に描かれている。それも違和感がないくらいに…。もしかしたら現実と異界の境目というのはあってないのかもしれないなぁ。
2016/05/02
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