海に落とした名前
海に落とした名前 / 感想・レビュー
ヴェネツィア
4つの短篇を収録。いずれもが、それぞれに別の手法による実験的な小説。巻頭の「時差」は、東京、ベルリン、ニューヨークと3極のトポスに3人の魅力的な青年を配した、大人の(BL小説には真似のできない)ゲイ小説。続く「U.S.+S.R.…」は、選択肢の設定ととサハリンが面白いし、「土木計画」は結末が意表を突く。そして、最後の表題作「海に落とした名前」だが、これこそはまさしく多和田葉子の小説世界だ。カフカをうんと卑近にしたかのような(もちろん、意識的にだ)空間で、私たち読者もまたアイデンティティを失って呆然とする。
2017/07/08
KAZOO
いつも多和田さんの小説を読むたびに、ああ小説を読んでいるなあと感じさせてくれます。四つの短編からなる小説集ですが結構よみでがあります。読んでいて言葉の紡ぎだす物語性といったものを感じています。最後の表題作が一番理解しやすいと思います。好き嫌いのある作家さんなのでしょう。
2016/07/01
jam
放たれた4本の矢を収めた短編集。どの作品も確かな掴みどころもなければ、行く先も定まらない。隔てられた場所で生きる3人の男たちを描く「時差」では、同じ時間に繋がる男たちの埋められない空白が時差として著される。そして、断片的に挟まれる男の昂まりや思考に、それと知りながらも近づき離される。表題作もまた、杳として知れない。航空機事故により海に落ちた女は、記憶を海に落としたままに、終わりも放擲される。全編を通し「意思」を翻訳しているかのような文章が、捉えどころのない物語を貶めず品格を添えている。
2018/09/01
どんぐり
「時差」「U.S.+S.R. 極東欧のサウナ」「土木計画」「海に落とした名前」の4篇。輪っかなど存在しない「わっかない」、からっぽの「空」と「ふとそう思った」カラフト、医者の「神崎」は神々の集まる岬のようなところにいた一種のシャーマンかもしれない、と言葉遊びがあるのが多和田さんらしい。飛行機事故で記憶を失い、唯一自分の存在証明をしてくれるレシートの束を持って名前からはぐれてしまった女性のアイデンティティ喪失を描いた表題作「海に落とした名前」が面白い。
2018/09/01
なゆ
ふう、多和田さんを堪能。表題作は、記憶を無くした女性が、唯一の持ち物のレシートの束を手掛かりに、自分が何者なのかを探ってゆく。レシートに印字された言葉で、なぜかバトルの様に。ラストにしゅんとなる『土木計画』。急に克枝が出てきてびっくり。そうか、克枝…。『時差』は、ベルリンのマモルと、ニューヨークのマンフレッド、東京のマイケル、3人の男のフクザツな遠距離恋愛。発行された12年前に読んだなら男同士の恋愛事情にギョッとしたかも。ダブルマザーもさらりと存在するし、地球にまたがるおおらかさが心地いい。
2018/11/30
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