別れの色彩 (新潮クレスト・ブックス)
別れの色彩 (新潮クレスト・ブックス) / 感想・レビュー
藤月はな(灯れ松明の火)
唯物的に絶対的な別れとは、死だ。しかし、個人にとっての永遠の「別れ」が「死」によって齎される限らない。戻らない時への懐古と疎ましさ、受け入れざるを得ない老いと若さへの苦い嫉妬が織り成す短編集。「人工知能」の動機が人間味があり過ぎるが故に苦い。自身の能力の限界とそれでも生かせられる東ドイツへの栄光以上に飛び出せる能力があった親友への嫉妬があったんだろうな。「アンナとのピクニック」は気持ち悪さを感じていた。それはアンナが語り手が求めていた事は『ピグマリオン』と同じだったと指摘する所で氷解しました。
2024/02/12
たま
ベルンハルト・シュリンクの短篇集。著者は1944年生まれ、今は70代の終わり近い。年齢を重ね、過去を顧みての悔恨、青少年期の不思議な記憶、若さの眩しさなどが描かれた9篇を面白く読んだ。人物はみな裕福で、貧困や病気は問題にならず、ただ老いの影が射す。日本で退職年齢の人々を書くなら、〈年寄り〉という社会的レッテル貼り(それへの反発と服従)や子や孫とのしがらみが浮上しそうだが、ここにはそういうまとわりつく他人の目の鬱陶しさがない。ただ、結婚していなくても愛人がいて性的に活発なところには社会の圧力を感じる。
2023/05/18
ヘラジカ
正直に言うと、これまでに読んだシュリンクの長篇はあまり好きになれなかったのだが、この短篇集は全体的にとても良かった。幾つかの作品は読み返したい程だ。人生における様々な形の自然な別れが描かれており、それに伴う感情も色合いが異なっている。決して華美な色彩ではないものの、老練な筆使いで描かれる人間模様は、不思議と鮮やかな光跡を胸内に残す。社会のタブーが構成要素になっているものもあり、それがまた微かな生臭さ(人間臭さ)を醸しているからかもしれない。お気に入りは「姉弟の音楽」「愛娘」「老いたるがゆえのシミ」の三篇。
2023/03/07
ちえ
いつか必ず来る別れを描いた9つの短編。殆どの主人公が70代男性。それなのに何度も(あぁ)と読んでいる手を止め自分の過去と今を振り返った。それ程遠くない将来に彼らと同じ様な感覚を持つのでは、とも思った。「姉弟の音楽」「愛娘」「記念日」が特に好きだ(特に「記念日」の、そして本書の最後の一文…)けれど、その他の話も時をおいて繰り返し読みたい。とても良かった。作者の短編集『夏の嘘』も好きな1冊。シュリンクは長編より短編の方が私に合うのかもしれない。もう一つの短編集『逃げてゆく愛』も読もう。
2023/04/10
minami
9編からなる短編集。全ての短編は、友人、男と女、兄と弟や夫婦の間の“別れ”を描いている。作者と同世代くらいの70歳くらいの男性が主人公となっている物語が多い。別れはただ寂しいだけではなく、過去のもう忘れてしまったはずの痛い思いが不意に心を引っかくこともある。端正な文章で落ち着いた気持ちで読み進めていると、突然さらっと驚きの内容に心乱された。後悔の念や過去の出来事を正当化したい気持ちにも揺さぶられる。でもこれが生きていることの証なんだなとヒリヒリ沁みた。彼らの想いにがっちり掴まれて読後は、はーと息をついた。
2024/04/03
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