榎本武揚 (中公文庫 あ 18-3)
榎本武揚 (中公文庫 あ 18-3) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
とかく謎の多い小説である。本作は、実在の人物である榎本武揚を俎上に載せた歴史小説であるが、では何ゆえに安部公房がこの時期にこのような小説を書くことになったのか。本書の出版は1965年であり、既に『砂の女』(1962年)や『他人の顔』(1964年)といった、後に安部の代表作となる長編を書いた後である。もっとも、さすがに安部公房のことであるから、これも普通の歴史小説にはならなかった。明治初年、厚岸に上陸した囚人たちが根釧原野に消えて行った謎を追うところから物語が始まる、いわばミステリーの要素を持っていた。⇒
2024/07/25
ころこ
だいぶ前に、数十ページで挫折した思い出のある作品です。挫折した理由は、幾つか思い当たります。まず、榎本武揚が敗者である上に裏切者で、惹きつけられる魅力に欠けている。次に、作中の考察や議論が事実に基づいているかどうか、分からなくなる。さらに、それらの興味の前提に歴史の教養が必要とされている。榎本という歴史上の人物を評価する観点から読むと挫折しますが、再読では全く違う印象を持ちました。憲兵だった福地という人物の話から展開していくように、幕末と終戦が重ね合わされ、福地の実存も榎本の心境と重ね合わされています。福
2018/06/19
風に吹かれて
1964(昭和39)年~1965(昭和40)年『中央公論』掲載。 明治維新前後は西郷隆盛が西南戦争で自死したことが象徴しているように人々の様々な想いが沸騰していた時代だと思う。榎本武揚のことは五稜郭の戦くらいしか脳裏になかったが、公房の戯曲『榎本武揚』で、反政府軍を率いていたが、その後、政府の要職を務めていたことを知った。この小説では新撰組隊士浅井十三郎の手記を中心としながら戊辰戦争の流れをたどり榎本や新撰組生方らが描かれる。➡
2020/10/23
おたま
安部公房の作品としては、特に読みやすく物語を楽しむことかできました。時代小説・歴史小説のように書かれていますが、やはり安部公房ならではの思想性があり、時代・歴史そのものをテーマとする<時代小説><歴史小説>です。榎本武揚ははたして新選組などに対する裏切り者なのか、時代を先取りした先覚者なのか? 自分もいつか時代に取り残された者の側に回るかもしれないなと思いながら読みました。『第四間氷期』を裏返したような作品だと思いました。
2019/01/07
松本直哉
「身捨つるほどの祖国」など存在しない。忠誠を誓っても馬鹿を見るだけ。幕府のために最後まで戦った土方歳三も、もはや幕府の骸となったものに尽くしていたにすぎない。終わり近くの登場人物の一人の言葉「この世に政治が存在する限りに忠誠は社会の必要悪かもしれませんが、しかし出来れば、そんなものとはかかわり合いを持たずにすませたいものですね」がすべてを物語る。戦時中憲兵として忠実に任務を果たしたばかりに家族離散の辛酸を嘗めた一市民と、忠誠とは一線を画したところに身を置いていた榎本武揚の生涯が対照的。
2016/08/09
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