余白の愛 (中公文庫 お 51-3)
余白の愛 (中公文庫 お 51-3) / 感想・レビュー
さてさて
速記者であるYの指の動きに魅せられていく『わたし』の姿が描かれたこの作品。そんな『わたし』は『耳鳴り』に悩まされる一方で『耳鳴りは一つの可能性です』と思い至り『耳とうまく交信できるかどうかの、可能性を秘めているのです』と『耳鳴り』の向こうの世界へと心を飛翔させていきます。そんな物語の中に幻想と現実の境界線が極めて曖昧になる独特な世界観が描かれるこの作品。素晴らしい比喩表現の数々と、不思議な世界観が織りなす絶妙なストーリー展開に魅了されるこの作品。小川さんの表現の魅力にすっかり酔わせていただいた作品でした。
2022/02/16
ヴェネツィア
この作品は1991年(「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞の年)のものなので、あるいは最初の長編小説か。後の作品の濃密度に比べると、その世界は全体にやや希薄な感は否めない。そもそも、主人公であり、語り手でもある「わたし」の存在感自体が希薄である。もちろん、そこにこそこの小説の存立基盤があるのだが。対象となるYにいたっては、さらに実体感に乏しく、ほとんど手だけの存在である。物語中で確かな存在感を示すのはヒロただ一人であり、してみると彼こそが現実との接点なのだろう。自己と世界との隔絶に対する不安は強く伝わってくる。
2013/02/08
nico🐬波待ち中
「君の耳は病気なんかじゃない。それは一つの世界なんだ。君の耳のためだけに用意された、大切な世界なんだよ」突発性難聴に苦しむ「わたし」を救ったのはYの優しく甘い言葉。恐る恐る喋る声を一つ残らず書き留めるYの繊細な指。人は思いもよらない災難に遭遇した時、自分の殻に閉じ籠ることが多い。そして棘のない記憶を頼りに癒しを求める。記憶の捻れがもたらした安らぎは「わたし」をゆっくりと浮上させる。小川さん特有の幻想的な世界にゾクゾクした。無駄な音のない静かな物語。小川さんの甘美な文章に私も惑わされてしまった。
2019/06/28
青蓮
小川洋子さんの作品はいつもひんやりとした静けさに満ちていて、まるで無菌室のようなイメージがあります。此処に登場する「耳」「指」といったモチーフが仄めかす透き通った官能的な香りがいかにも小川洋子さんらしい。記憶の世界と現実の狭間を漂う繊細なこの物語は、そっと扱わないと壊れてしまう硝子細工のオルゴールのよう。「耳」の迷宮から抜け出せた「わたし」は現実を生きて行ける強さを手に入れたのだ。「それは一つの世界なんだ。君の耳のためだけに用意された、風景や植物や楽器や食べ物や時間や記憶に彩られた、大切な世界なんだよ」
2016/12/06
chichichi
作者名を見ずに読み始めても小川洋子さんの作品だと分かるほどに、始めから終わりまで彼女らしい言葉で埋め尽くされた物語。どのフレーズも取りこぼしたくなくて丁寧に読み進め、小川洋子ワールドをたっぷり堪能しました。日常から目に付く部位だが見方を変えれば艶かしく魅惑的でもある耳と指が官能的・幻想的に表現されているところが好き。冬の静かな雨の日にぴったりの一冊。
2015/12/10
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