水晶萬年筆 (中公文庫 よ 39-2)
水晶萬年筆 (中公文庫 よ 39-2) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
6つの短篇を収録。物語の舞台に選ばれたのは、築地や根津などいずれも東京に実在する路地であるらしい。にもかかわらず、これらの物語群から立ち上がる印象は蜃気楼のごとくに儚い。そして、いつものように喧騒は一切なくひたすらに静かに進行する。それはあたかも浸潤してゆくごとくに。物語のすべてがそうというわけではないのだが、この世界を覆うのは常に夜の時間である。彷徨う主人公も、探偵のごとくそれを追う私たち読者もまた、いつしかしだいに実態を喪失してゆくかのようだ。
2020/10/29
❁かな❁
とても吉田篤弘さんらしい素敵な短編集*静かに優しい不思議なお話が紡がれる。吉田篤弘さんの作品を読むのは4作目。じっくりゆっくり少しずつ楽しませてもらいました♪ノスタルジックな雰囲気で綺麗な文章でいつもとても心地いいです*単行本時は『十字路のあるところ』というタイトルで坂本真典さんの写真も収録。坂本さんが切り取られた風景と地図を見て吉田さんもその場所を探されたそうです!文庫化にあたり改題。お気に入りは「水晶萬年筆」「ティファニーまで」「ルパンの片眼鏡」つかみどころのない不思議でふわふわとした素敵なお話♡*°
2016/04/16
KAZOO
クラフト・エヴィング商會の吉田さんの中公文庫の2冊目です。これはもともと「十字路のあるところ」という題名で出版された6つの短編が収められているものです。毎日のなにげないできごとを(事件らしくない)楽しい物語に仕立て上げてくれています。確かにどの物語にも十字路が出てくるのですが、あまり筋らしいものはないのですが引き込まれます。「ルパンの片眼鏡」が印象に残りました。
2024/02/20
新地学@児童書病発動中
素晴らしい短編集。幻想的で、ノスタルジックで、それでいて良い私小説を読んだ時のような普通の人々の息遣いが感じられる。私が一番好きだったのは最後の「ルパンの片眼鏡」。東京の下町らしき所で、隠居しているルパンの弟子になった僕が主人公の物語だ。盗むのではなく、お返したいというルパンの願いは、空回りしてしまう。老いたルパンにはペーソスが漂っており、同情してしまった。幻想的で切ない物語のラストが心に響く。弟子に美しい贈り物を残し、ルパンは虚空の中に消えてしまう。
2017/10/15
佐々陽太朗(K.Tsubota)
わけの解らないものはあるけれど、余計なものがない静かな世界は吉田氏独特のものだ。雰囲気で押し切る作家さんだと思う。吉田氏の小説は現実と抽象の間にある。抽象から導き出された観念を表現しているともいえる。その手法は現実の世界に夥しい余計なものを削ぎ落とすことで観念を導き出すというものだ。現実の生々しさにうんざりした時、吉田氏の小説は束の間の夢ともうつつとも判然としない時を与えてくれる。それは本を読む人にとって”sanctuary”なのかもしれない。
2017/03/10
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