無意識の幻想 (中公文庫 ロ 3-2)
無意識の幻想 (中公文庫 ロ 3-2) / 感想・レビュー
やいっち
読んだとは到底言えない。ロレンスの世界にまるで入っていけないのだ。彼の小説は好きで、若いころ、(ほとんど)助兵衛心というか、好奇心で伊藤 整訳の『チャタレー夫人の恋人』を読んだ。何年かして、完訳版で再読し、その前後には、『息子と恋人(息子たちと恋人たち)』も読んだ。高名な作家でも、小説も評論も面白いとは限らない。代表的なのは、ドストエフスキーで、彼の小説は全作品を最低でも3回は読んだが、彼の作家の日記だけは読み浸れなかった。主義主張を始めると、途端に詰まらなくなるのはどうしたものだろう。
2018/01/02
袖崎いたる
まえがきを読むとわかるのだが、前著がめっちゃくちゃ叩かれてる。本書はその叩かれまくった前著の続編みたいな感じなのかな。内容は「無意識とは何か」についての論考なのだけれど、その方法が面白い。というのも彼が準拠しているものというのが、無意識が主語となって創作されるような小説や詩などの作品なのであり(とはいえ作品分析をしているのではない)、それらを読んできた著者がそれらから演繹されうる無意識を彫琢していくというスタンス。これを学生時代などに読んだら良くも悪くも危なかったと思われる。まえがきなどは特に劇薬注意。
2017/05/27
無能なガラス屋
「自分は自分であるということ、これが森羅万象を解き明かす手掛かりだ。万物は自分と一体である。さしあたりこれが唯一のアイデンティティーである。」
2024/04/01
k_ta
読み始めた本はとりあえず最後まで読むことにしてるから最後まで読んだが、ほぼ理解できなかった。まだまだ知見が足りないらしい。
2017/10/08
さえもん
宇宙論など、所々は納得できないところもあるが、著者は人間の本質・真実を芸術的感覚で掴み取っていると感じた。実感・実体験の伴わない言葉、所謂観念ばかりで物事を考えていては、人間は、単なる物質の相互的な自動作用に陥ってしまう。でも、人間には魂・心、さらにこれらを乗り越えた統一的な何かが備わっている。それに気付けるかどうかなんだと思う。特に、「私の不可視の自我と可視的な自我との間の、決定的に重要な接触面」という言葉は、自己を的確に捉えているものだと思う。西田幾多郎や鈴木大拙らと似たような考え方だとも思った。
2020/10/25
感想・レビューをもっと見る