あとは切手を、一枚貼るだけ (中公文庫 お 51-7)
あとは切手を、一枚貼るだけ (中公文庫 お 51-7) / 感想・レビュー
あすなろ
魅力的なお二方が手紙をそれぞれ綴るという形式で構想・構成された作品。いきなり後書からであるが、書き出し手の小川氏は何も堀江氏に構想を告げずに描いた物を送って、堀江氏はそれを受けて描き始めたとの事。それでこれだけの作品となる事が凄い。内容としては、お二方が投げられたボールを柔らかく受け止めながら、内に秘めたる狂おしい愛を描き表していく様が読者の胸に迫る。ある種のもどかしさと共に。これに対峙するには読み手として、静謐な一定の長い時間を用意した方が良い、という作品だった。これだけのお二方の文通を読むのだから。
2022/08/28
rico
かつて愛し合い今は逢えなくなった、一組の男女がかわした14通の手紙。それは、小川さんと堀江さんが互いの知と精神をもって全力で対峙し、つくりあげた結晶のような世界。言葉と思考がきらめく光の粒となってふりそそぐ。つかもうと伸ばした手をすりぬけ、二人が出会ったあの湖の深奥に消えていく。身体機能の一部を失うことで、より純化された形で世界の真実に近づけるのだろうか。チェレンコフ光、アンネの日記、まど・みちおの詩。繰り返されるいくつかのモチーフ。終わりの予感、その先にほの見える永遠。静かな哀しみの予感が満ちてくる。
2024/09/16
aika
まぶたを閉じて生きることに決めた「私」から、光を失った「ぼく」へと送られた一通の手紙。別れから永い時を経た再会の往復書簡は、大空を飛んでいく鳥の翼を想起させます。かつて愛し合ったふたりの手紙に宿る、アンネの日記やまど・みちおの詩など「点」としてそこに存在するはずのモチーフからどんどん線が伸びて繋がっていくようすに、星座が散りばめられた夜空のような果てのなさと深さを感じました。読者は、時には「私」になり、「ぼく」になり、そのどちらでもない外縁で世界をぽうっと眺めている。そんな読書時間は、至福のときでした。
2023/03/13
エドワード
ブラタモリで見た、ニュートリノを測量するカミオカンデ。巨大な研究施設でボートに乗り合わせた男女が文通を始める。男は怪我で失明し、女は自分の意思でまぶたをおろす。二人の驚くほどインテリジェンスあふれる手紙の旅。文系の私にはついていけないよ。宇宙飛行士から始まり、実験動物、チェレンコフ光、船舶気象通報に渡り鳥(梨木香歩さんの名前が嬉しいね。)、飛んで飛んで途切れない話題に脱帽だ。それでいて、二人は音楽を愛する詩人である。来世で二人は、塩分を求めてカメの涙を飲むアマゾンの蝶とカメに転生していることだろう。
2022/10/29
JADE
女と男の往復書簡。読み始めは、とりとめのない話の連続に戸惑った。切手の縁のギザギザ、アンネ・フランク、ニュートリノを検出する大水槽。よくわからないながらも、物静かで美しい文章に惹かれて読み進めた。少しずつ、二人の過去や関係が明らかになる。高齢者であること、かつては共に暮らしていたこと、不幸な事故がきっかけで別れたこと、女性の寿命が尽きかけていること。言葉の端々から、この二人は、今も深く愛し合っていることが伝わってくる。二人の生涯が幸せだったかは分からないけれど、こんな人生の終い方も素敵だなと思った。 ☆4
2024/10/14
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