五番目のサリー
五番目のサリー / 感想・レビュー
イプシロン
いわゆる多重人格(解離性人格障害)もののフィクションだが、日本人作家で言えば山崎豊子のような綿密な取材と考察にもとづいているだけに、単純に多重人格ものとは言えない。もっと深い哲学が埋め込まれていると思えた。人格とは、名前による人物イメージの固定化であり、言葉で思考することから生まれる部分観であり、世界は一つにつながっているという観点から見れば、人格はその人の一部に過ぎず、それを「わたし」とか「自分」と思い込んでいるという次元まで語られているのは流石にダニエル・キイスだ。人間にとって最も根源的であろう、
2019/12/22
だんたろう
多重人格を患うサリー。彼女はなぜ五つもの人格を持ってしまったのか。その原因を探りながら彼女たちを融合して行く精神科医。多重に分離しなければ自分の心を守れなかったサリーに罪はない。心を傷つける罪深さと、自分を守ることの大切さが描かれている。それでも互いに融合を受け入れていくそれぞれの人格は、自らを犠牲にしてサリーを助けたともいえる。悲しみの涙を誘う作品でもある。
2017/03/19
♪みどりpiyopiyo♪
大学生の頃に読みました。近頃、また読みたくなってきた〜 (っ'ㅅ'c)(っ'ㅅ'c)
サラダボウル
1980年初刊。主人公サリーは、29才の女性、5つの人格をもつ。上巻を読んで、こんな事本当にあるのかな、というのが素直な感想。でも作者は翌年に、多重人格者による実際の事件のノンフィクションを書いている。感情の多重人格だけなら理解できるけれど、勉強や運動能力さえまったく違う。本書は70年代のアメリカ社会(それはその後の日本社会でもある)と、多重の人格を緻密に描く。上巻から、下巻がどんな展開になるのか予想もつかない。主人公以外にも、苦しみの中で生きる人々がいる。暗闇に差し込む光を見たい。
2021/03/27
橋川桂
多重人格ものの古典的名作。タイトルくらいはもちろん知っていて、これまで読まずに来てしまったのだけど、何しろ古典的名作なものでテンプレ、どこかで聞いたような話の集まり、みたいに思えてしまうという、アレを味わった。これは古典になる前に読むべきだったと悔やむことしきり。1980年代という、多重人格というものがまだまだ研究の進んでいなかった、専門家の中にも患者の狂言ととらえる人の多かった時代の作であることも踏まえておくべきなのだろう。
2018/06/02
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