セメント・ガーデン (ハヤカワ・ノヴェルズ)
セメント・ガーデン (ハヤカワ・ノヴェルズ) / 感想・レビュー
どんぐり
本書はマキューアンの長編第1作にあたる。庭にセメントを敷き詰める父親とその作業を手伝うジャック。その作業を抜け出して自室で自慰にふけている最中に、父親が心臓発作でセメント上に顔型を残して急死する(白濁した精子の放出と白いセメントの対照性がいい)。父親の死からまもなく、今度は病に伏せていた母親も亡くなる。残されたのは、高校生の長女ジュリアを筆頭に子どもたち4人。「誰かに話したら、みんな孤児院に入れられるかもしれない」と、ジュリアとジャックのとった行動は、地下室に母親をセメントで覆って埋めることだった。小説は
2017/03/06
藤月はな(灯れ松明の火)
病死した母親の遺体を地下室に流し込んだセメントの中に隠した子供たち。子供たちは揺籃化した家で家族ごっこして自由気ままな生活を愉しむが・・・。母親がジュリーの月経のことをジャックに伝える時のオブラートに包んでいるようであけすけな発言に気持ち悪さを感じます。そして唯一の大人で外部者であるデリクの保護者気取りにも。一方、言いだしっぺのジャックよりも遺体を隠すことをやり遂げようとしたのがジュリーという点は男女のリアリティを適確に描いていて好きです。あの近親相姦は「姉弟」でもあり、「母子」でもあったのだろう。
2016/02/19
三柴ゆよし
インセストという言葉に、甘美な響き、未分化のロマンチシズムを感じる人も一定数いるだろうが、私は昔からその類の物語に非常な嫌悪感を抱いてきた。本書『セメント・ガーデン』は、本邦の野坂昭如『骨餓身峠死人葛』に匹敵するインセスト文学の傑作である。そして、そうであるがゆえに、私にもたらした不快さも、また尋常ではなかった。いったいに近親相姦が育まれる環境とは、なんらかの理由で外界から孤絶した空間=世界の秩序が及ばぬ土地であり、たとえば断崖と海に四方を囲繞された漁村といえば、これは野坂作品定番のランドスケープである。
2017/10/04
hagen
閉塞的な環境下の母親と共に暮らす四人兄弟の物語。長男である思春期のジャックの視線で語られる物語は、愛憎に彩られた母親との関係性、姉のジュリーに焦がれる思いを内に押し込めながら思い煩い、長男としての責任に対して自責の念にかられながらも、日常性に弄ばれる。梗塞状態にありながら次第に狂気に転落していく過程がドライな視線で描写されるが、日常性が、如何に危ういバランスの上に成立している事を作者のマキューアンは描き出す。マキューアンの長編第一作目という事だが、後に続く傑作の片鱗をうかがわせる一作ではないだろうか。
2020/12/10
やまぶどう
イアン・マキューアンの長編初作。父、そして母を亡くした後の喪失感と解放感。子どもたちだけの自由な生活が醒めた視線で語られる。死体の処理、欲望に任せた暮らし、そして近親相姦。タブーとされるテーマにもなぜか不純さや罪悪感が感じられない。子どもたちだけの暮らしは束の間の「素敵な眠り」であり、セメントの楽園は容易にひび割れ崩れてゆく。マキューアンの訳は、個人的には本作を手がけた宮脇さんの方が好み。
2012/09/06
感想・レビューをもっと見る