バーチウッド (ハヤカワepi ブック・プラネット)
バーチウッド (ハヤカワepi ブック・プラネット) / 感想・レビュー
kasim
ビッグハウス・ノヴェルのポストモダン型で可もなく不可もなく、と思いつつ8割がた読んだところで、次第に変調が来て最後はすごかった。落魄する名家の奇矯な家族を描いた前半と、幻想交じりなのにアイルランドの現実が立ち現れてくる後半の旅の対照。伏線を緻密に張ってある家族の秘密は最後に手品の種明かしのように整然と説明される。語り手の推論に過ぎないという断りはあっても、その合理性はバンヴィルが後年ミステリー作家としても活躍するのを予感させる。でも真骨頂はサーカスの存在のように説明しきれない部分だろう。
2021/10/07
藤月はな(灯れ松明の火)
デカルト的序文で始まる、アイルランドの、とある一族の盛衰記。しかし、ゴドキン家=家族愛がなく、悪意と燃え盛る闘争心が増し増しなアダムス・ファミリーで、マーサ叔母さん=フェスター伯父さんにしか思えてならない・・・。フリークス達とのサーカスの人々の野卑と狡猾な厳しさの裏にあった優しさが泣ける一方でゴドキン家の秘密は予想通り。でもゴドキン家の一族でもあり、人間でもある主人公の語りから信用性はあるのだろうか?これを焦点に当てると第一部の再読でバーチウッドの正体と浮かび上がる事実に静かな二重の戦慄に見舞われる。
2016/04/11
三柴ゆよし
優雅な文章に隠された物語の真実が再読によって露わにされる超技巧的な小説。とはいえ、過去とは記憶の断片に過ぎないと語る男の語りが、一体どれほど信頼できるだろう。頽廃と狂気に彩られたバーチウッド屋敷を覆う黒いヴェールは、物語のクライマックスにおいて唐突に暴かれたかにみえるが、それもまた語り手の妄想と執念の産物に過ぎぬのかもしれず、要するに断片としての記憶はたしかなものであっても、それを再構成するのが語り手その人であるほかないのであってみれば、つなぎあわされた物語は、あくまで物語以上のものでは決してないはずだ。
2012/08/19
ホレイシア
遂に読んでしまった(笑)。まさに佐藤亜紀氏が訳すために存在した作品。読みながら何度も自分に彼女の作品ではないと言い聞かせなければならなかった。そういえば、この人の訳が好きというのはあっても、好きな作家が翻訳したものというのは初めてかも。言葉の選び方一つ一つがストライク。だからかえって他の訳でのバンヴィル作品を読むかどうかは考えてしまう。それほど佐藤亜紀でした♪。
2010/08/10
ネムル
『海に帰る日』を読んだときも思ったが、バンヴィルの文章は流麗すぎて「心地よい」を一歩越えてしまう。本作も佐藤亜紀による翻訳ということで、幻惑必至の濃密な作品になっている。この美しくも、なかなか正体を掴ませない断片化した記憶の語りがミステリ的な超絶技巧の結末を迎え、とにかく唸る。もっとバンヴィル訳してくれ!
2009/04/02
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