愛蔵版 蝉しぐれ
愛蔵版 蝉しぐれ / 感想・レビュー
ケンイチミズバ
重臣たちの企てによる派閥争いに否応なしに巻き込まれた者もいよう。敗北した側は粛清される。理由も知らされず父親は切腹に。わずかな面会で何も言えなかった後悔が残る。十代の若さで汚名を着せられ不遇の身に落ちるも同じ境遇の者への思いやりを持ち、成長していく若者が眩しい。下級藩士など上層部からすれば将棋の駒に過ぎないのかもしれない。けれど歩にも守るべきものがある。人の真の素晴らしさは身分などとは関係なく、それゆえに素晴らしい人物が高い身分であるとも限らない。運命に翻弄される若者の姿が自身と被る読者もきっといる。
2020/05/27
クリママ
東北の藩の下士の息子。少年期から青年期への成長の物語。父が政変に巻き込まれたことにより、辛い時期を過ごす。数えきれない禁忌から成り立っている日常。さまざまな思いを胸に飲み込み、平静に清廉に生きる。我が身にまで降りかかる政変。ずっと秘めてきた忘れられない人への思い。そして、秘剣。先に読んだ夫は、読み終わるのが惜しいと言った。その通りであり、読後長く余韻の中にいた。
2017/05/02
drago @竜王戦観戦中。
長年の懸案であった『蝉しぐれ』。2週間かけて、じっくり読了。 ◆時代小説は苦手だけど、作者の紡ぐ文章がとても美しく、かなりの長編ながら最後まで楽しく読み終えることができた。 ◆淡々と進む、抑えが効いた展開の中、文四郎がお福と再会し、二十数年の想いが交錯するクライマックス。ほんの一瞬の出来事ながら、とっても情熱的で印象的な締めくくり。 ◆カラー刷りの挿絵も、風情があって良かった。評判通りの傑作。 ☆☆☆☆
2020/04/04
ぐうぐう
作家はときに、自ら作った物語に溺れることがある。読者の気を引こうと、殊更泣きのエピソードを用意して、強引に感情を高ぶらせようとする。それが、登場人物を薄っぺらくし、物語を台無しにしてしまうとも知らずに。何よりも、読者のためと思ってしている行為が、実は作家の自己満足であり、作家自身を殺す結果となることを知らない不幸がそこにはある。藤沢周平は、そんな愚かな作家の対極にいる存在だ。『蟬しぐれ』に、感動を強いる安易なエピソードは一切登場しない。(つづく)
2017/02/07
Kazehikanai
初めて読んだのは約20年前。その後、本作を数度読み、たくさんの藤沢周平を読み、藤沢周平以外にもたくさんの物語を知り、そして、何年かぶりに本作を読んだ。驚くべきことに、あの感動は全く色褪せていなかった。本当に哀しく、みずみずしく、清々しい。小難しい物語も、息つかせぬ驚きの展開が溢れる物語もたくさん知ったが、この小説の感動に肉薄した物語は未だに知らない。似たストーリーもあった。もっと面白い展開も知った。でも、本作を超える感動を知らない。今も、庄内平野を駆け抜ける風の、青い空の下の、蝉しぐれが聞こえる。
2020/05/10
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