緋色の記憶 (文春文庫 ク 6-7)
緋色の記憶 (文春文庫 ク 6-7) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
主人公のヘンリーが老境に至って後に少年時の事件を回想する構成をとる。当然、彼は全てを(その時に明かされなかった事実をも含めて)知っているのであるが、回想であるためにいたって恣意的に語られることになる。したがって読者にはなかなか事件の全貌が明らかになってこない。その点にいささかのフラストレーションを抱えながら読み進めることになる。しかも、(おそらくは)多くの読者の予想は裏切られることになる。そして、そこにこそ本編の構成の妙があったのである。暗いトーンが全体を覆い地味なのだが、真に個性的な味わい深い小説。
2020/10/13
サム・ミイラ
再読。十数年前入院の際に暇潰しに売店で購入したのがこれ。全く知らぬ作家。海外のミステリはかなり読んだつもりだがこれは衝撃だった。ノスタルジックで普通。そこがすごい。少年の頃の学校での事件を回想するだけなのに誰にも言えず心の片隅に閉じ込めた記憶がじわり顔を覗かせる。一枚ずつ薄皮を剥ぐような静謐な文章が読む者をその時代へと誘う。特筆すべきはラストの美しさ。言い様のないやるせなさ。満天の星の下の会話が儚く哀しく胸をうつ終幕。米ミステリ史に残る名編だと思う。即刻「夏草の記憶」を買いに走ったのは言うまでもない(笑)
2018/07/16
遥かなる想い
トマス・H・クックの作品を評してよく使われる言い回しに「雪崩を精緻なスローモーションで再現するような」という比喩があるそうだが、本作品は まさにこれにあたる。クック独特のこの描写により読者は無意識のうちに その風景に入り込んで、魅了されていくような気がする。人間の心の闇のようなものを軸に、書き込んだ良質のミステリ。 (1999年このミス海外第2位)
2010/05/16
yumiko
老弁護士の回想により語られる“チャタム校事件”。思わせぶりな出だしから、濃厚な悲劇の匂いが立ち込める。過去と現在を行きつ戻りつしながら徐々に真相が露わになる。その展開がとても巧みだ。言葉ではなく行動や表情から窺える登場人物の心の動き、不穏な空気、クックは悲劇に向かう過程を、急くことなく丁寧に慎重に書き進めていく。これは田舎町のありふれた恋人たちの悲劇に見え、その実思春期の少年の自分を取り囲む世界への反発が招いた悲劇でもあるのだろう。重い重い読後感。暫しこちらの世界に戻れないほどの一冊に久しぶりに会えた。
2016/02/17
キムチ
緋色と言う感触は不可侵の臭いがする。チャタム校事件~と何度も引用される割には具体的事件描写はない。様々な人の憶測めく密やかな語りが渦巻いている。好き嫌い有るだろうなと思う。抑えの強い、ある意味マゾヒスティックな場面温度を読ませる。後半部収斂されていく空気で楽しくはないひんやり感を満喫はしたが。老境に入り回想する語りで進むこのタイプ…よくも悪くも主観の叙情に浸る醍醐味が文学観賞のならいだけど、確かに訳は素敵だし、クックの技量は凄技だし~私にそぐわないだけだ。
2015/10/19
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