闇の奥 (文春文庫 つ 8-8)
闇の奥 (文春文庫 つ 8-8) / 感想・レビュー
翔亀
この闇は明るい。太平洋戦争末期ボルネオで消息を絶った民族学者三上猛、彼が追い求めた幻の小人族。これらを探し求めるために、ボルネオ、熊野、チベットを巡って生き生きと語られる痛快な秘境探検記だ。三上や小人族、チベット女性タリンやダライ・ラマ、探検家など登場するのは、実在する人物ばかりで、既存の探検記を再構築した趣だ。しかしコンラッドが、未開に理解できない脅威を見、それに憑かれた人間の心の闇を描写したのに対し、ここでは秘境や小人族(=首狩り)に共感と懐かしさをみる。祖先/始原への懐かさ。こういう闇ならいいな。
2014/07/27
多聞
大平洋戦争末期、民族学者三上隆はネグリトを調査すべく、北ボルネオのジャングルの奥へと消えた。やがて三上隆捜索隊が幾度も結成され、彼の痕跡を頼りにボルネオから熊野、チベットへと飛び回ることとなる。コンラッド『闇の奥』のコンセプトからさらに現実と虚構を巧みに織り交ぜ、時間軸をシャッフルさせ新たな作品世界を構築してみせた辻原登の熟練した職人芸ともいえる技術の凄みを体感できる一作。私たちは魅惑的な「蝶」を翻弄されながらも追いかけ、闇の奥へと迷い込むしかない運命なのだろうか?
2013/03/09
安南
語り手が次々と入れ替わり時系列も行きつ戻りつ、現実と架空の物語は錯綜。繰り返される冒険譚にたちまちのうちにいざなわれ、作家の緻密な企みに翻弄され、幻惑され、闇の奥深くへと誘われる。伏線は章を跨ぎつつも回収されていく。その手際の見事なこと。何処へ向かうのか予測出来ないもどかしさが終章まで続くなか、予測していなかったラスト。鮮やかなカタルシス。これは、父親を探す冒険譚。モニヤの祭りで息子役を務める作家。父親を看取る話しでもある。
2013/06/12
三柴ゆよし
現実が虚構を規定するのではなく、虚構から現実が生起する。夢想は現実を食いやぶり、ロマンチシズムがそれになり替わる。大戦末期、北ボルネオで消息を絶ったひとりの男をめぐる物語は、言葉にできない<サウダーデ>の感覚に導かれるように、熊野の山中からチベットの奥地にまで行き着く。コンラッド『闇の奥』において、クルツが囚われた闇とは、外にもあり内にもある、一種の魔であると同時に、本書の語り手を突き動かす衝動のようなものではなかったか。私たち読者もまた、彼らと同じように、闇に向かって進んでいく。むしろ、帰っていくのか。
2013/03/06
ヨコツ
行方不明になった一人の民族学者、三上隆と三上が追った小人族とを巡る連作中・短編集。全体としての構成は、時を変え、舞台を変え、役者を変えながら三上を捜し求める人々のレポートという形式になっている。実在した人物や歴史的事実・事件を元に物語は進むのだけれど、その「現実」の配置の仕方がまた巧みで、気づいた時には読者である僕も小人族の実在を疑わなくなっていた。物語に引き込まれるのとは違い、物語が現実にとって変わる様な説得力のある小説だった。面白い。
2013/04/04
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