蝶 (文春文庫 み 13-8)
蝶 (文春文庫 み 13-8) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
8篇からなるが、そのいずれにもノスタルジアと死の影が揺曳する。そして、現実の世間との違和だろう。文語体で歌われる詩に導入される物語は、微かに異端の響きを帯びながらロマネスクな空間を構成してゆく。もう一つ見逃せないのは、これらの小説群が象徴詩の趣きを纏っていること。それは時にはあえかな光であり、また時には梔子の香であったりもする。当初から短篇集として構想されていたのかどうかは分からないが、結果的には整然とした構成になっている。ことに「遺し文」を掉尾に置いたことが余情として物語群を再び蘇らせてゆく。
2017/05/24
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
濃密な戦争の余韻、かなしみと凄艶、ノスタルジイの凝縮された8編。 もう一人のわたしは、祖母の家の二階にいる。空の色さえ陽気です。誰が死のうと殺そうと、戦があろうとなかろうと、/ 氷原と銃口、少女と犬、しろい / 朽ちかけた桟橋。満ち汐の夏の海は青黒く、小さい舟は海の果てで飛翔、残骸。/「黴菌がいっぱいいるってことみたい。いっしょにいたら、こっちも汚れるって」/ 楽園を追放された眼窩を見よ、/ 櫓で漕ぎ出して、食いつく亡霊。バグパイプ。/ 小雪と戯れる幻燈 / 浄められました、ありがとう。
2019/09/14
YM
読友さんがオススメしてた「結ぶ」の前に、こっちも気になってた「蝶」から。皆川さんの本は初めて読んだけど、かなり好きなタイプだった。途中に詩や短歌が挟まれてる小説ってあんまり経験ないけどリズミカルでおもしろい。声に出して読むと気持ち良かった。どの短編も、たんたんとした日常だなあと思ってると、なんか嫌な予感が漂ってきて、ザクっと心をえぐられる。時代性なのか、無理して明るく振舞ってるような、ちょっと悲しい雰囲気がつきまとう。でも谷崎ぽい思春期の生々しい描写もあって、やっぱり好きだなあ。みかんのとこドキドキ。
2014/12/18
Rin
詩や俳句が含まれている八つの短編。どれもが皆川さんらしい妖しさと狂気をはらんでいる。そして物悲しくもあり、その独特の世界に読み終わったあとも囚われてしまう。物語の核ともいえる詩や俳句も、頭に残ったり、つい口に出して読んでしまうものも。戦争も絡められているので死や負の気配も忍び寄ってくる。現実なのか幻なのか分からなくなる。だけど引き寄せられてしまうのが私にとっての皆川作品。悲しげな空の色さえ陽気です。という言葉が耳に残る「空の色さえ」、「艀」は日本の詩と時代、物語に魅せられた。この二つが特に心に残りました。
2016/12/03
ちゃちゃ
翳りを帯びた美しく格調高い文体は、容易に私たちが近づくことを拒むかのようだ。哀切な詩歌の調べに導かれた先に待ち受けるのは、恐ろしい心の闇。セピア色の幻想的な世界に浸っていると、彼女の鋭いペン先が胸に突き刺さる。痛みを感じながらも、狂気を孕んだ残酷さと切なさに、いつしか心が絡め取られる。人として逃れられない愛憎や生き死に、その非情の摂理。戦中戦後を時代背景にした8つの短編は、死の仄暗い誘惑の影を帯び、そのいずれもが人の業の凄艶な深淵をのぞき込むような、妖しい魅力に満ちていた。
2017/07/22
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