戦争の法 (文春文庫 さ 32-5)
戦争の法 (文春文庫 さ 32-5) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
直接のつながりはないのだが、読後はアゴタ・クリストフを連想した。戦争に対峙する主人公たちの冷静さや、そこに巻き込まれていかない生き方が共通するといえばそうだ。物語はすべてが終ったところから、15年前のN県の分離独立と、それにまつわる戦争が回想される。伍長を失い、千秋を失った喪失感と哀しみが常に物語の底流にはある。一貫してゲリラ戦といった特異な状況の中にあったのだが、全てが終った後にやってくる諦念と無力感とは、我々の日常の時間のそれとあるいは等価であるのかもしれない。饒舌体の向こうにあるのは空無なのか。
2014/01/18
ずっきん
冷戦下、日本から分離独立しソ連の庇護下に入ったN県。14歳でゲリラ兵となった『私』の回想録。刺々しい暗喩を纏った鉄球のような若僧語りが、どうしても素直に入ってこずに読み進めるのに苦労した。近著が洗練された大人の挑発なら、これはまるで拳の殴り合い。だがそれも中盤まで。望まずとも周囲は劇的に変化していく。少年も読み手もそのままではいられない。一気に引きずり込まれ、モヤモヤとしていた嫌悪も巻かれて霧散していく。尾を引くような幕引きも見事。読み終えてしまえば文句なしに面白かった。佐藤亜紀の若さを味わえ。
2018/08/15
ω
ふう?読了ω 傑作とは聞いていましたがそれ以外の前情報なく、純粋に手に取りました! 日本のどこかN***地域が独立宣言、ロシアの支配下、そしてゲリラ? えっ?何の話? と、読み進めるとこれがつまり戦争であると。権力とか戦闘とか、静かに語られ続けます。想像する千秋くんも凄く魅力的。話者が主人公なので、たかしのイメージはぼんやりしていたけれど、戦後のストーリーもとても良かった。感想の難しい、稀有な作品でしたが、傑作には間違いなし(*ФωФ)
2019/02/06
三柴ゆよし
本書は信頼できない語り手による歴史叙述によって、歴史そのものを相対化する試みといえる。語り手の数だけ歴史が存在するのであれば、つまるところ正史とはなにか。ハードボイルドにせよ甘美なロマンチシズムにせよ、歴史を巡る物語は、かくのごとき膨張と増幅を反復する他ないのである。物語の構造としてはストレートな紋切型を採用しているかにみえて、実のところあからさまな技巧を凝らした、ある意味では俗な小説(いったいオペラと文学を愛好する人間が俗じゃないということがあるかね)だと思うが、それでも抜群におもしろかった。傑作。
2012/08/16
びっぐすとん
第二次大戦も終わり、太平な時世に突如N***県(新潟だってすぐわかる)がソ連をバックに独立を宣言。閉塞感漂う地方都市の鬱憤から抜け出そうとゲリラに志願する主人公。冷徹な観察描写と大真面目な告白のどこにもコミカルさはないのに、淡々としたズレた真面目さにおかしみを感じる。人間の営みが滑稽ということか。ああ、この人はファンタジーノベル大賞受賞者だったと思い出す、とても上等なファンタジー(幻想的という意味ではない、現実と見紛うほどの虚構)だった。戦後「独立戦争なんてなかった」ことに落ち着くあたりが日本っぽいオチ。
2020/01/13
感想・レビューをもっと見る