ある人殺しの物語 香水 (文春文庫 シ 16-1)
ある人殺しの物語 香水 (文春文庫 シ 16-1) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
嗅覚を軸に据えた、とても珍しい物語。小説や詩において、通常は最も重要な役割を担うのは視覚だろう。次いでは聴覚か。それから触覚と味覚。もっとも、「匂い」そのものが中心ではないが、サド侯爵の一連の作品、あるいは象徴派の詩の中ではそれなりに重要な役割を果たしていた。『香水』は、物語の舞台を革命前夜のパリ、そして南フランスに置くが、そこにもまたサドを想起させるものがある。そして、他者との関わり方という点においても。超絶的な嗅覚を持った主人公グルヌイユ。これだけのページ数を一気に読ませる筆力は注目に値する作家だ。
2015/08/14
遥かなる想い
何とも不思議な物語だった。 「香り」と「鼻」が主役の 物語。そこには人間性の 立ち入る要素など何もないかのように、話は進む。 舞台は18世紀のフランス。 匂わない男グルヌイユは 異能の「香り」を 見分けられる鼻を持つ…登場する人物の誰もが 心が喪われており、匂い しか意味を持たない。 人を陶酔させる香りを 求めたグルヌイユの行き 着く先は…不思議で哀しい 香りの物語だった。
2015/08/14
neimu
自分の香りを持たない人間は、自分の存在が信じられないが故に、フランケンシュタインを創るように、自分のための最上の香りを求めて奇跡の「香水」を創り上げたのだろう。多くの人々を犠牲にして。だから、それをふんだんに用いることは、自分の存在を過度に露わにすることになる。それは、粛清される運命を導くことになる。 純粋な孤独の、恐ろしい結末。映画よりも何よりも、原作は素敵でおぞましい。
ケイ
グルヌイユは比類なき香りを調合しているだろうに、開いたページから漂よってくるのは、むせ返る過剰な臭い。終始私の頭に浮かんだのは、老いにほぼ完全にその美しさを奪われたかつて美しかった顔に、化粧を散々に施し、しわに粉が固まり、真っ赤な口紅を唇からはみ出させ、目から一筋真っ黑な涙を流す、おぞましく悲しい顔の老女。良心を持たなかったグルヌイユは、自らの欲望のままに行動したが、満足ということを知ることはなかったのではないか。キリストが御子なら、グルヌイユは神の恩寵を受けなかった不完全な生き物に思えた。
2016/04/24
優希
鼻本来の嗅覚に焦点を当てたような作品でした。悪臭と芳香の入り交じるパリの中で天才的嗅覚を持つ殺人鬼・グルヌイユの一代記が描かれます。人を酔わせる香水を作り出す魔術師が、自分の求める香りを放つ少女を求めて殺人を繰り返していくのはある意味哀しみに満ちていました。天才的嗅覚を持ったがために、他のことに気づくことなく、色々なものを捨ててきたのでしょう。グルヌイユには悪も正義もないのかもしれません。香りに執着し、導かれたのは血塗られた香水。香りが全てだったからこそ悲劇が生まれていったのかもしれません。
2015/07/01
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