春、バーニーズで (文春文庫 よ 19-4)
春、バーニーズで (文春文庫 よ 19-4) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
5篇からなる連作短篇集。妻と4歳になる息子(妻の連れ子)と暮らす30代のサラリーマン筒井(語り手)の日常を描くのだが、そこにほんの微かな逸脱があるところが特質か。それは巻頭の「春、バーニーズで」に始まり、僅かな軋みを見せながら、「パーキングエリア」では物語の結末にまで混迷を見せる。そして巻末の「楽園」では、様々な解釈の余地を残して、物語は唐突な終幕を迎える。それまでの日常は、あるいは夢の中の出来事であったかのような気もする。あるいは「あの日」の非日常が、それまでの平穏な日常を崩壊させたのであったか。
2020/02/04
おしゃべりメガネ
『最後の息子』の続編とはありますが、あまり関連は気にしなくても読めます。タイトル作だけは前作を読んでるほうがグッときますが、他は別物と思って読んでいても、問題なさそうです。連作集でどの話もあまり大きな起伏はありませんが、個人的には『夫婦の悪戯』が好きです。ホテルの一室にて、結婚式に出席したあとの夫婦がやりとりする雰囲気がなんか好きですね〜。あとは主人公が失踪未遂して奥さんに連絡したあとの奥さんの行動に胸がグッとアツくなります。吉田さんの作品を読むとなんだかちょっとおしゃれになれた気にさせてくれますよね。
2020/08/29
ミカママ
【再読】ふつうの人たちのふつうの日常を切り取って、そこに胸が震えるような意味を持たせてしまう吉田修一さん、にまたしてもやられた。登場人物たちすべてが愛おしい。中でも秀逸なのは「パーキングエリア」。ラスト不意打ちでブワッと涙出た。私自身ちょっと弱ってたのもあるんだけど、瞳ちゃんの気持ちがものすごく、痛いほどわかっちゃうんで。「…大丈夫よね?」この一言にオンナはすべての想いを込めるのです。言い忘れた、タイトルも、そして表紙すらカッコいいぜ、吉田修一さんは。
2015/08/13
かみぶくろ
なにげない日常を切り取った連作短編。言葉だけでなく随所にモノクロ写真も散りばめられたオシャレな仕上がり。写真って不思議だ。見ているときは無心だし何かを見いだそうとするわけでもないけど何かをどこかが感じるというか。そんな抽象極まる印象をこの作品全体からも受けた。理由もなく会社を無断欠勤して逃避行。誰もが一度は考え、実行に移すことのない妄想。ハンドルを四十五度傾けるだけで現れる「別の人生」。でもそんなもの本当はないよね。その常に感性全開の姿勢には敬服するけれど。
2015/09/26
優希
『最後の息子』のその後の物語。閻魔ちゃんとモラトリアムな日々を送っていた「ぼく」は閻魔ちゃんとは別れたんですね。妻と幼い子どもを連れる「筒井」として人生を歩むささやかな日常。そんな日々の中で昔一緒に暮らしていた人と再会することは、日常から足を踏み外した瞬間なのかもしれません。繰り返されるありがちな時間は、普段の生活のようで、何処か不思議な空気を運んでくるのが心地よい時間です。何気ない行動をするちょっとした逃避の時間が愛おしくて切ない。そういう空気が好きだと感じました。
2016/11/01
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