保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである: コロナ禍「名店再訪」から保守再起動へ
保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである: コロナ禍「名店再訪」から保守再起動へ / 感想・レビュー
tetsubun1000mg
筆者の福田和也さんは坪内祐三との対談を読んだのが唯一だった。 タイトルの「保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである」が気になって選ぶ。 パラパラと見てみると蕎麦屋や割烹、バー、居酒屋などの訪問記でコロナ過で苦しんでいる店主とのインタビューで構成されている。 蕎麦屋など地元に愛される飲食店は日本の文化でありコロナ禍などがあっても守らなければならないという主張はなるほどと思った。
2024/11/03
Nuts
私にとって若い時分に憧れていた人物であったので表紙の著者近影を見た時の衝撃はこの上なく更には妻子を捨ててある女性の元に走っていたと知って二度驚いた。著者の余りの変貌ぶりに時の流れの儚さを感じ何かを見届けなくてはならないような気持ちで本作を手に取る。雑誌の連載という体裁のため簡潔で無駄のない文章ながら的確に著者の想いが伝わってくる。しかし昔感じたような行間から滲み出る凄みのようなものはもはや感じられず不遜ながら枯れたという言葉が思い浮かんだ読後だった。
2023/11/08
linbose
★★☆☆☆ 石原莞爾の評伝などを上梓した頃のエネルギッシュな著者の容貌が激変していて驚いた。 馴染みの飲食店をコロナ禍に訪れた著者は、保守とは横丁の蕎麦屋を守ることとの立場から、コロナ営業規制を厳しく批判する。一方、日本人が「治者」(保護を期待するのではなく、自らの責任と力量で共同体、事業などの繁栄、存続を図ろうとする者)の倫理を失い、政府の政策を唯々諾々と受け入れることを嘆くが、苦労して生き延びた老舗飲食店は、紛れもない治者の姿だという。 「日本人よ、治者となれ」との最後の檄に、著者の昔の面影をみた。
2023/06/28
akiyoshi kato
90年代の村上春樹氏への理不尽でヒステリックな批判は、今振り返ってみると、とても不思議な現象でした。『 ねじまき鳥クロニクル』への辛辣な評価しか見当たらなかったあの当時、福田氏の『作家の値打ち 』によって、その評価の風向きが、劇的に変わった印象がありました。それ以来、出版された本は追いかけてきました。文章が濃厚で読み進める事が出来なかった本もありました。この本では、人はやがて衰えていく、それ身をもって書き残しているように感じられました。
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