KADOKAWA Group

Facebook X(旧Twitter) LINE はてブ Instagram Pinterest

道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫 な 25-1)

道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫 な 25-1)

道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫 な 25-1)

作家
永井均
出版社
河出書房新社
発売日
2009-11-05
ISBN
9784309409924
amazonで購入する

道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫 な 25-1) / 感想・レビュー

powerd by 読書メーター

呼戯人

ニーチェの道徳の系譜学を解説した本。ニーチェの貴族道徳はほとんど共感が及ばず理解しづらいが、奴隷道徳の心理学にはなるほどとうなずくことが多い。道徳的であるということそのものが、一種の価値転倒であり、それは弱者のルサンチマンに基づくでっち上げが世界化していることの証であるという論には興味をひかれた。資本主義が世界中を覆い尽くしているように、キリスト教道徳も世界を覆い尽くしている。ニーチェの怒りは、大富豪が汚いやり口で金儲けに狂奔しているくせに弱者ぶって謙虚の演技ををしている点に向けられている。

2017/05/05

shinano

このタイトルは、この本を通読したあとならば、そういうことになるだろうなと思える。このタイトルはニーチェの深い洞察と濃やかな思索で、ニーチェ当時のキリスト教下ヨーロッパ(今でも通じ、さらに私たち日本人の生活にも染み込んでいる)道徳が、どのように形成されてきたかをみてくれば、圧縮された逆説的表現となっていることがわかる。その思索の手綱として、ルサンチマン、価値の転倒、ニヒリズムが、ニヒリズムの超克=すべての肯定を経て永遠回帰へと進むニーチェ街道を、「力への意思」を道標に馭者なる永井氏が案内してくれる。

2011/05/22

ichiro-k

気になった箇所⇒狐は葡萄に手が届かなかった・・重要なことは「あれは酸っぱい葡萄だったのだ」と自分に言い聞かせて自分をごまかしたとしても、ルサンチマンとはいえない。狐の中に「甘いものを食べない生き方こそがよい生き方だ」といった、自己を正当化するための転倒した価値観が生まれたとき、狐ははじめて、ニーチェが問題にする意味でルサンチマンに陥ったといえます。・・そういう人に近づかないのが賢明です。自分の意見というものがすべて、他人に対する反感からつくられているような人ですね。・・あれっ!これってオレのことだ!

2010/11/26

hikarunoir

ニーチェ読み以外はまず手にしないだろうし、対談も蛇足に見えるが著者が金川を間接的に生んだと自覚的な態度が窺え興味深い。

2017/02/12

Jiny

これは一体誰に向けて書かれたものなのだろうか。ちょっと哲学の本でも読んでみようか程度で手を出すと痛い目にあうので注意が必要である。皆も気をつけるがよかろう。

2009/12/15

感想・レビューをもっと見る