悲の器 (河出文庫 た 13-16)
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悲の器 (河出文庫 た 13-16) / 感想・レビュー
びす男
先輩に薦められて。読み終わるのが惜しいほど面白く、これを20代か30代で書いたのか……と恐ろしくなる■強靱な思考力と、戦前戦後を生き抜くしたたかさを持ち合わせた法学者の正木典膳。彼が女中に訴えられてからの没落を描いている■色恋に目がくらんだオヤジの話ではない。正木は常に法律学の大家らしく自らにも周囲にも厳しかった。「法」という冷たいものを建築する態度を、日常にも貫いていたのだ■解説は「歪さ」と表現する。瑕疵ではなく、醜聞で道を絶たれた正木。大衆の上に君臨した彼は、大衆への軽蔑によって身を滅ぼしたのだった。
2019/12/15
おたま
高橋和巳を読もうとすると、その晦渋な文章のために一瞬躊躇する。学生の頃によく読んだが、今回読み直してみて、きっと全く理解しないままに読んだと思う。だが、今回は大変面白く読めたし、改めて凄い作家・作品だと思った。全体的には、戦前から戦後にかけての、某大学法学部教授(正木典膳)から見た時代精神の総括になっている。しかし、この小説の中核にあるのは、高橋和巳の自己の否定的な面を、壮年にある正木典膳に仮託して剔抉しようとしていることだ。これを書いた時に、高橋和巳は20代後半から30代の初めにかけてだった。⇒
2021/11/03
まると
戦後間もない大学を舞台に、法学の権威者が女性関係で転落するまでを描いた作品。高橋和巳を読むのは久しぶりだが、この人の作品にはとにかく圧倒される。この時代の作家は皆、これくらいの博識が当たり前だったのでしょうか。独白する教授の思考や、周囲との会話一つとっても、哲学、法学、宗教、漢学など、知識が幅広くかつ専門的で、豊かな教養にあふれています。文体が美しく、視覚・嗅覚的な表現にも優れ、国語の教科書に使ってほしいくらい。ストーリーテラーとしても一級です。これを20代で書き上げたというのだから驚嘆せざるを得ません。
2022/01/23
カブトムシ
私は、全共闘世代ではなく、三島事件は高校生の時。1969年(昭和44年)に東大全共闘vs.三島由紀夫の討論会があった。三島の知性が討論を成り立たせているが、当時全共闘の学生に良く読まれていたのが、この高橋和巳だったと思う。私の先輩にはそれが感じられた。しかし、私がこの『悲の器』を読んだのは、1978年9月であり、25歳の時で、随分遅れて読んでいる。「法学者の手記という設定で、一人称の緻密な文体により、<知識人>としての一つの極致を生きんとした主人公の意志と悲憤と蹉跌とが見事に描かれている。(猪狩友一)」
風に吹かれて
第一回文藝賞を受賞した高橋和巳のデビュー作。「正木典膳は法学部教授。神経を病んだ妻をもつ彼は、やがて家政婦と関係を持つ。しかし妻の死後、彼は知人の令嬢と婚約し、家政婦から婚約不履行で告訴される。」と文庫の裏表紙に書いてありますが、人間のエゴや欲望を暴きつつ、戦中・戦後の知識人の状況を背景に純粋法学を構築しようとする主人公の狷介な矜持と権力に左右される大学内の人間模様を描き読みごたえがありました。主人公に対する好悪以上に世の中の状況とその中で悶えるようにして生きる人間のつよさ・よわさに心を奪われました。
2017/03/16
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