わが解体 (河出文庫 た 13-17)
わが解体 (河出文庫 た 13-17) / 感想・レビュー
月をみるもの
自分が京都で学生時代を過ごしたのはもう30年以上昔。そこからさらに20年遡ると、ここに描かれてるように大学は混乱の極みの中にあった(らしい)。 あらゆる人の営みは、過ぎ去るはしから記憶に、そしてやがて記録へとうつりかわっていく。「歴史は今・ここ・私に向かってはいない」のかもしれないが ( https://oshimayukinori.hatenablog.com/entry/20130408/1365392692 ) 自分へとつながる道筋が存在することもまた事実なのだ。
2024/06/16
まると
真理を追究しようと自己省察を徹底して紡ぎだされたであろうこの文章。只々圧倒されました。問題意識の高さが半端じゃない。これほど真剣に、時代とともに生きる人を今の世の中で探すのは容易ではないでしょう。全共闘を巡る魂の記録「わが解体」はもとより、党派内の無私がもたらす残虐性を論じた「内ゲバの論理はこえられるか」、三島由紀夫と太宰治の死を巡る論考「死について」など、どれも古くはありません。誰もが浮ついた平成・令和の世を、この人が生きて見ていたなら、何を考え、何を文章に残しただろうかと想像を巡らせてしまう。
2019/06/04
ゆ
ところどころ、表現が聞き慣れなかったり、論理的でない説明に首を傾げはしたが、高橋和巳先生がどのような人であるかおおよそ把握できた。内容は当時の全共闘運動に対し、先生でありながら学生側に寄り添い、結果的に板挟みになった彼の解体が綴られている。彼の問題意識の観点は現代においても変わらず本質的だ。 彼の思考回路で現代を読み解いてみたい。
2020/09/13
彗星讃歌
京都大学の学生闘争で、学生の思想に理解を示した高橋和巳が、学生闘争を通じて自身の哲学を語る。 全共闘を過去の出来事として俯瞰するのではなく、教授会、学生、社会がそれぞれ想いを持ち、正に目の前で実行される最中に彼が考えた事が刻み込むように記されている。 要約など出来ようもない彼の壮絶な体験が記されている。
2022/11/30
ゆ
邪宗門、憂鬱なる党派、我が心は石にあらず、日本の悪霊を読了後の再読。この年代の体験、それも教員でありながら学生と共に闘った人の体験というものは肉体的衝撃を与える。稚拙な言葉で記せば、あのような活動の中では、関係づけの檻に囚われている。内ゲバが生じるのは、活動の沈滞期に行動的な緊張関係を求めて、内部に関係意識を実体化してしまうからであり、味方だと思っていた者からの攻撃が何より高橋先生を傷つけていた。理想を求めて大多数が結託できるなどほんの短い時間しかないのかもしれない。まだまだ書き足りないが、一旦ここまで。
2022/10/23
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