モデラート・カンタービレ (河出文庫 509A)
モデラート・カンタービレ (河出文庫 509A) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
1958年。デュラス44歳の時の作品。情熱と倦怠と喪失の物語。近くのカフェで起こった情痴殺人事件に引き寄せられていくアンヌ。彼女には日常に確たる不満や不安があるわけではない。かといって、そこになんらかの希望を見出すこともできない。そうしたブルジョア的倦怠の中にいたアンヌと、失業中の労働者ショウヴァンとの交錯。それは恋ですらなかっただろう。恋であったのなら、彼女は自分の現在の境遇を捨て去ることで逆にアイデンティティを得られたかもしれない。プロットや設定は全く違うが、どこかカミュの『異邦人』を思わせる。
2013/05/23
新地学@児童書病発動中
主人公の女性アンヌは、自分が目撃した殺人事件に関心を持つようになり、酒場で知り合った男ショーヴァンに事件のことを詳しく話してくれるように頼む。アンヌとショーヴァンは次第に心を通い合わせるようになるのだが、二人の仲は深まることはない。かえって、孤独が深まっていく。さり気なく書かれた情景描写や登場人物達の心の動きが、詩的で美しい小説。ここではないどこかへ行きたいという憧れが、物語を覆っているが、登場人物達はこの日常を脱出できない。絶望に押し潰されそうになりながら、その本質を見極めようとする強い意志を感じた。
2017/05/06
鱒子
ありきたりな不倫とは一線を画す、男女の物語。恋でもなく愛でもないのに、仄暗いロマンと色気を感じます。これは傑作。「ラ マン」の作者だったのですねぇ。 主人公アンヌ デバレードから、グレートギャッツビーのデイジーを連想しました。表面的には真逆の女性に見えますが。ブルジョワジーの閉塞感で喘ぐ日々、虚無感でいっぱいの内面、淀みの中で毎日をただ役割として過ごすーーこんな共通点を感じました。
2020/03/25
アン
息子のピアノのレッスン中に響きわたった女の叫び声。それはブルジョワジー社会を生きるアンヌにとって、息苦しい日々からの逃避の始まりを告げるものだったのでしょうか。木蓮の香り、海辺の南風、薄紅色の西日に包まれる甘美な風景。衝動に駆られ、白日夢を見ているようなアンヌの姿が目に浮かんできます。夕暮れに逢瀬を重ねた男とのラストシーンの台詞は、冒頭の殺人事件と重なり印象的です。光線を浴び、アンヌは決心したかのように何処へ向かって行くのでしょう…。
2019/04/17
km
日々に倦怠感を覚えるアンヌは、情痴殺人を目撃し、殺してなお女を愛撫する男や、そうなるに至った二人の愛情の縺れを想像する内に自信の熱情に目覚める。その目覚めは曖昧で、ショーヴァンという男の介助によって意識化していくが、熱情を愛に昇華させようとする試みと無意識に下降していく動きの方向の反するベクトルに精神を引き裂かれ、だんだんと自己を喪失していき、狂気に陥る。150ページ程度の短い小説だが、アンヌとショーヴァンの痛みと、狂気の予感からくる緊張感が常に漂っており息苦しくなった。痛ましいスリル。。大満足☺
2017/09/30
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