フィネガンズ・ウェイク 1 (河出文庫)
フィネガンズ・ウェイク 1 (河出文庫) / 感想・レビュー
遥かなる想い
正直ジョイスの饒舌な世界に 全くついて いけなかった。今世紀初頭の ある夜から 翌朝の明け方にかけての 居酒屋での出来事らしいのだが…猥雑な 場末の雰囲気は 伝わるが、 言葉の洪水の中で、 このアイルランドの偉大な作家が 織りなす 雄大な夢の世界に 入れなかった。
2018/04/02
ケイ
言葉の音の流れが読み手を先に連れて行く。読むのではなく字を目で追いながら頭の中で音読する。そうやって頭の中で文字が響く音と、文字が表す二つの意味を捉えながらすすむ。例えば「煙にマキャベリやがる」。そのため、時に細部に翻弄されて全体の話の流れを忘れるが、本体自身はゆったり。表現がとても卑猥。場末の陽気な酒場で、はだけた胸の女達と酔って赤い鼻をした男達が、話の核心を卑猥な言葉で飾りながら延々と語る話を聞いている感覚。訳が講談師の語り口調。訳者の捉えた内容を読まされているだけの気もする。原文に少しは触れたいな。
2017/10/19
中玉ケビン砂糖
、「読む」という行為が発明されたのは割と最近である、一行目で挫折するのはこの本くらいだろう、例えばドゥルーズ・ガタリの『アンチ・オイディプス』はかなり難解な本だが、理で詰めていけば読めないことはない、ただこの作品は日本語に翻訳すること自体ナンセンスに思える、が、「見る」という行為に関してならば、いくらか生産的なのかもしれない、いい値段するし、これをいきなり入手しようと思うのは蛮勇である、ざっくりと内容を説明すると
2015/05/06
扉のこちら側
初読。2015年1153冊め。【79-1/G1000】『ユリシーズ』で苦しめられたジョイスにまた再び手を出す日がくるとは。(原書では)数十種の言語が交ざり、二つの単語をつなげて作った造語が多様されていて物語を負うという本ではないことが最初の1ページで痛いほどよくわかる。アイルランドの伝説の大工ティム・フィネガンにちなんだ物語らしいが、「個」であるフィネガンではなく「群」としての人類の物語ということを示している巻、のようだ。たぶん。【第2巻G1000チャレンジ】
2015/11/22
たーぼー
迸る造語の嵐に日本語の豊潤さを思い知らされる。大江健三郎の如く、本書を構造的に捉え、引用の出所を探れるような気力も教養土台も無いので、ならば、中上健次がコルトレーンの『惑星空間』に喩えたことを思い出し、アルバムを流しながら『流れる聴覚』と『読む視覚』で臨んだ。人類の叡智を辿る書ともいうべきか。宗教(釈迦、切支丹が出てくる)、神話、歴史のトリビア、ときには辛辣な時代に対するメッセージが込められた書と読んだ。それでも母なる哀蘭(アイルランド)への郷愁を忘れないのがジョイスたる所以。さて、2巻目もあったか…。
2017/01/24
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