意味の論理学 上 (河出文庫 ト 6-3)
意味の論理学 上 (河出文庫 ト 6-3) / 感想・レビュー
白義
今まで読んだ本の中でも屈指の難関で正しく理解できてる気が全くしないが屈指に面白い、新しい哲学書。深層の真理や高き天空のイデアでもない、常に分割し続ける表面、キャロル的な静的発生と叫びという身体、アルトー的な動的生成を扱うための理論。言語論や時間論なんかは多分デリダのグラマトロジーについてに対応するんだけど、デリダが指し示すだけで踏み込めなかった場所をあえて限界を無視して疾走している感じがものすごい。アリスの旅した国の住人がそのまま哲学書を書いたような本だ。アリスの副読本…には手強すぎるか
2011/11/07
またの名
割と本気で人類が到達した究極の地平の一つと思ってる。深層の物体的混交(精神病)にも高所のイロニー(神経症)にも引き込まれない、キャロルのナンセンスとストア派の倫理に裏打ちされた表面(倒錯)を追求。意味と出来事が展開する表面を讃えるにあたり、ニーチェやアルトーが引き込まれた深層と自我・神・世界を追放するノマド的・非人称的・前個体的・特異的な発散する分離的総合を混同しないようドゥルーズは注意を喚起。フッサールの良識bon sensと常識sens communを攪拌する二方向のナンセンスはただのカオスじゃない。
2014/08/18
ラウリスタ~
あれ、ドゥルーズめちゃくちゃおもろいやん。「最も深いもの、それは皮膚である」と言ったヴァレリーを変奏する。キャロルのアリスとか、ニーチェとかから例を引っ張って来て、表面と深さについて幾度も繰り返される議論が行われる。「表面の発見と、深層の批判は現代文学の常数である」と訳注にあるように、アルトーやロブ=グリエ、ありとあらゆる作品のなかに表面のテーマが見受けられる。やっぱおもしろい。
2014/02/09
wadaya
現在ここでうずくまっている存在である僕は常に過去と未来というベクトルを内包させている。無限に過去と未来への分化を繰り返し、今が既に今を語れないが故に戸惑い、うずくまっている。僕はこの状態を20代の頃から「アンビバレント」と表現してきた。本書はこのことについて書かれている。私は以前、意味というものは言葉から音そして映像へと移行するものだと思っていた。しかしそれは後付けされたもので、実は私たちは認識と共に一気に意味の中に身を置いている。意味というものは言葉が置かれた瞬間から無限に後退し始めるが、それと同時に→
2019/11/30
hitotoseno
本書における「意味」とはフランス語では「sens」と綴り、これは「意味」のほかに「方向」も含意しうる単語である。つまり、本書において「sens」と書きつけられる際には言語学的なニュアンスのみならず、より一般的なニュアンス、存在論的なニュアンスをも嗅ぎ取らなければならない。これはどこへ向かっているのか、その言葉は何に方向づけられているのか、と言った具合に。ルイス・キャロルのカバン語が取り上げられている書物ではあるが、「sens」の持つ二義性の時点でドゥルーズの仕掛けは始まっていると見ていいだろう。
2016/02/23
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