父の生きる
父の生きる / 感想・レビュー
積読亭くま吉(●´(エ)`●)
★★★★★詩人・伊藤比呂美が母を看取った後、父を送るまでの二年数ヶ月間の、カリフォルニア―熊本間往復、介護日記。カリフォルニアに居る間は、一日に何度となく熊本に電話する著者に、父が言う「今度あんたがこっちへ来る時はさ、こうやって早いうちにいつ来るって教えないでさ、俺に言わないでおいて、明日行くよって突然言うようにしてもらいたい。そうでないと、いつ来るって知ってから、待ってるのがばかに長くてしょうがない」父が亡くなる三週間ほど前の著者の日記より
2015/07/22
nyaoko
伊藤比呂美さんの子育て本を読んだのはもう20年前かよ!と我ながら驚いてます。あれから離婚されて、かなり歳上の外国の方と一緒になられたのは知っていたけど、カリフォルニアと熊本を行ったり来たりの遠距離介護をされたのは知らなかった。これはその記録。電話で話すお父さんが、健康と同時に元気をなくされ、妻に先立たれ、時間を持て余し、早く死にたいと何度も娘に訴えるシーンは切ない。ケアマネやヘルパー、かかりつけの医師、親戚、友達、子供達、沢山の人にも頼って支えてもらって、仕事も続けた比呂美さんは本当に凄い。
2019/12/13
kei302
タイトルの「父の」「生きる」の意味がよくわかった。お父さん、大好き。お父さんも、孫より娘、孫への無関心ぶりに笑った。お父さん、それってすごいよ。出棺の前に般若心経や真言宗のなんたらやキリスト教のほにゃららを各々が唱え、賑やかでいい加減で、和やかで、明るかった。伊藤さんのお父さんの生きるの締めくくり。そして、伊藤さんの成長の終わり。最後の詩もじんわりきた。きょうは私の父の命日です。
2020/09/17
美登利
比呂美さんはお父さん子。対して母親とはうまくいってなかったことは、閉経記にも書いてあり、私も同じだと感じたことを思い出しました。老いた父親を一人日本に残し、カリフォルニアから毎日電話を掛ける比呂美さん。外国人の夫に嫌な顔をされながらも、日本に帰る彼女に、私は恥ずかしくなります。私には今は母親しかいませんが、訳ありで絶縁状態。何故必死に頑張れるのか、これほど看てあげても後悔するものなのか、自分を犠牲にしてまでも出来ることなのか、私は自分が親子の愛に冷めているのだと打ちのめされ、何度も本を閉じたくなりました。
2014/04/23
どんぐり
本書はカリフォルニアと熊本を行きしながら父親を介護し最後を看取った伊藤比呂美の3年間にわたる記録である。「一歩一歩、重たい足を引きずりながら、そこにたどり着くまで、一日また一日を生き延びる。その孤独を、その恐怖を打ち明ける」父の生きるを見守る娘。日常生活動作が徐々に低下し、立つことが困難になり、食欲もなくなり、トイレに行くのも不自由で、時折愚痴ったり、怒ったり、説明しても理解ができず、論理が通じなくなる父親の姿を目の当たりにする。できることよりもできないことのほうが多くなるのが要介護である。子どもであれば
2014/07/22
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