某
某 / 感想・レビュー
ヴェネツィア
「某」―深い意味を込めて付けられたタイトルとは思えない。まあ、なんとなくこんなところでいいかしら、という著者の声が聞こえてきそうだ。ただし、「語り」はいつもの川上弘美よりもシリアスなタッチだ。もっとも、7つの人格を移ってゆく物語は軽やかでもあり、また存外に重いテーマを内包しているようでもある。ここではアイデンティティは最初から存在しないのであり、したがってそれが問われることはない。もはや文学にとってアイデンティティは過去のものであるかのようだ。淡々と提示されるアンチ・テーゼがこの作品のよって立つところか。
2020/04/16
starbro
川上 弘美は、新作中心に読んでいる作家です。本書は、多重人格身体小説の秀作でした。某は、『ドラえもん』のコピーロボットのような存在でしょうか?仮に自分のアイデンティティがなくなったらと考えると、怖い小説です。【読メエロ部】
2019/10/21
こーた
物語に感動して泣くことは稀にあるけど、小説を読みおえてしまうことに涙するのは、はじめてだ。読んでいるあいだはとても幸せで、早くさきを読みたいのに、読みおわってしまいたくない。カタチを持たない〈誰でもない者〉が実体を獲得していくさまは、(人工)知能のフレーム問題のようであり、また神話のようでもある。そこには物語の物語があり、愛と、そして死について書かれている。水墨画のように少ない線で描かれる空間が心地いい。〈誰でもない者〉が次第に像を結んでその存在をはっきりとさせていくほど、ぼくの想いはあちこち跳んで、⇒
2019/10/29
ウッディ
老若男女、人種を問わず色々な人に変態しながら生きる「誰でもない者」として生まれた主人公は、女子高生、高校職員、キャバクラ嬢、中年男、幼児などに姿を変え、多様な人生を生きる。記憶喪失患者の治療として、医師に指示された 立場で過ごす前半と同じ特性を持つ仲間と出会い、流されるままに生きる後半の印象が異なり、SFなのか、哲学なのか、作者の真意はわからず混乱した。自分以外の何者かへの変身願望は誰もが持っているような気がするが、次々と姿や性格を変える彼らのアイデンティは何か、そして幸福とは何かを考えさせられた。
2020/02/19
抹茶モナカ
川上弘美さんらしい不思議な作品。文章も読みやすい。謎の生命体が、擬態のような変身を繰り返す。時に青春小説のようで、一瞬ミステリーのような面を覗かせ、詩的な川上弘美ワールドが展開される。愛とか、他者のために生きるとか、そんなあれこれを考えさせる。この感想を書きながら、僕も変身する誰でもないものになったら、どんなかな?と考えた。変身こそしないけど、僕もある種の『某』のようなところもあるような気もする。いや、適度なところでリセットできる生に憧れているだけかな。いろいろ考えて、表紙を眺める。
2019/10/13
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