凍りついた香り (幻冬舎文庫 お 2-2)
凍りついた香り (幻冬舎文庫 お 2-2) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
香り、アイススケート、数学―この3つをキー・コードに静かに展開して行く物語。時間軸もまた静寂の中を透明な螺旋形を描いて行く。ある種のサスペンス仕立てであるとも言える。物語の進行に従って、次々と弘之の過去が明らかになって行くと共に、そこに新たな謎も加わって行く。数式の持つあくまでもクールで非情な美しさ―それは、氷にも静謐な香りにも通じるだろう。物語の本質はそんなところにありそうだ。そして、最大の謎はとうとう結末に至るまで明かされることはない。読者もまた、語り手の涼子とともにこの物語の迷宮の中を彷徨うのだ。
2013/03/25
遥かなる想い
物語の底に一貫して流れている「突然 恋人が 自殺してしまった」という地団駄踏むような哀しさと、憑かれたかのように恋人の昔をたどる切ない想い が交錯して、読む人から睡眠を奪ってしまう、大変素敵な小説である。それにしても、この作者はネーミングが上手である。「記憶の泉」という何気ない香水の名前が、自分の知らない恋人の昔をたどるという、その後の主人公の行動と微妙にクロスして、哀しい文学の香りを運んでいるような感じがする。
2010/05/13
ちょろこ
ガラス細工の一冊。静謐な小川さんの紡ぐ言葉と世界に連れ出された途端、誰にも邪魔されたくない時間が流れ出す。自死した彼の記憶の世界に静かに入り込もうとする私。そして記憶の中だけで生きている彼の母。その対比が印象的。誰もが今にも壊れそうなガラス細工の中にいて、拾い集めた記憶をさらに自分のガラス細工に閉じ込める、そんなシーンが心に浮かぶ。彼の記憶を大切に取り込み涙を添えて静かに封印する、それは二人だけの記憶と香りをようやく創り上げたかのような瞬間。いつでも哀しみを閉じ込め愛に浸ることができる永遠のガラス細工。
2021/09/03
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
納得するこたえはないと最初から知っていたけれど探さずにいられなかった。どうしてと探すたび自分のなかに求めてしまう。凍りついた時間、記憶は香りに宿るというけれど、失ってしまうのがおそろしくて握りしめた夜涙はつめたい。 記憶を辿って貴方をほんの少し知ったきがした。そこに喜びはない。後悔しかないどうしようもない。かなしい。内に抑えないで完全でなくてもいいただそばにいてほしかった。愛していたのにまだ愛しているのに。凍りついた香りを辿って森に行ったらたどり着けたらいい。横にあるぬくもりがほしいのです。
2020/11/23
さてさて
香水『記憶の泉』。それは『瓶を揺らしただけで香りが漂った』、『奥深い森』の『雨上がりの夕暮れ』を思い起こさせるものでした。弘之の人生の記憶がいっぱい詰まった『香り』の表現の中に、死してもなお弘之は生き続けているのだと思います。そんな『香り』を手がかりに弘之の姿を追い求める涼子を描いた物語。それは数学への憧憬、『香り』の探求、そしてプラハへの旅情をも感じさせる物語でした。とても静かで、とても香り高く、そして神秘さをも纏った世界観を感じさせてくれる物語。小川さんの世界観にどっぷりと浸れた素晴らしい作品でした。
2020/10/26
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