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更新期の文学

更新期の文学

更新期の文学

作家
大塚英志
出版社
春秋社
発売日
2005-12-01
ISBN
9784393444139
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更新期の文学 / 感想・レビュー

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harass

「感情化する社会」に感心しその前に書かれたこの批評的エッセイを手に取る。著者の持ちネタの繰り返しであるが、いろいろ感心するところが多い。日本のコンピューターゲームやアニメなどが世界で受容されだしたときに、その理由を問われた柄谷行人が「それには構造しかないからだ」と答えたそうで、著者はあまりの身の蓋もない答えに驚いたという。お話の構造とはなにかと、それ以外のものについての考察などいろいろ唸ってしまった。これぐらいのことしか書ききれない自分がもどかしい。うーむ。良書。手元に置いておきたい本だった。

2018/10/03

ころこ

「更新期」とは、近代文学から近代文学以後の変化の途上にある現状を「OS」の更新に掛けた言い回しです。「更新期」という文字をみると地質年代の「更新世」を思い出し、変化よりもむしろ変化が起こってもなお変わらない基層にある文学らしさを言っているのではないかと裏読みしてしまいます。著者の説話論的な文学観では、「オリジナル」「作者」「文体」「内面」「私」など、近代文学では自明だった前提がテクノロジーによって崩れ、近代文学以後はそれらが曖昧模糊としていた近代文学以前の要素が侵入してきて、今、一部にその兆候が現に表れて

2020/08/08

Takayuki Oohashi

大塚さんの「物語の体操」や「キャラクター小説の作り方」などの著作のその後のことが書いていました。この、人々の自分自身が「送り手」になりたいという欲望のネット社会による実現化の世において、ただの「私」の自己承認ではなく、他者との相互理解の為に表現することの意義みたいなことを肝で書いていたように思います。その趣旨とは別に、今は創作支援ソフト「Dramatica」や「シナリオエンジン」なるものが開発されているということに「物語の体操」からの時の移り変わりを感じました。僕も大塚さん同様、旧世代の人間ですね……。

2016/06/27

袖崎いたる

著者は昔から続く伝統として文学が特権的自己表現の方法であった事や或いはは昨今、文学の商品価値が感情の容器(パッケージ)になっている事等を例に、文学観の過渡期=更新期にあるとする。即ち近代の脱構築より再構築をと標榜しているのだ。ここでいう近代とは共通の言葉を前提にして「個」相互で交渉しあい、同じ公共性を担えるような主体性の確立をいう。つまり単に自己の存在証明ではなく立場表明の手段としての文学を志向せよとの事。彼の物語工学の仕事も「個」が自分を言語化できるようにって事なんだな。その意味で彼の総括といえるかも。

2015/04/28

三柴ゆよし

「ゼロ年代」の文学にまったく新しさを感じず、「ネトウヨ」的言辞の氾濫に違和と嫌悪を覚える。そういうスタンスの人間からすると、大塚英志の発言は結構小気味良く響く。佐藤友哉なんてバリバリの自然主義文学じゃん。電車男の正体が高橋源一郎だったらよかったのにね。批評を読んでスカッとしたのは久しぶりだ。少なくとも、東浩樹あたりの言説よりは信頼できる。自分が結局は「私」に依拠していることを再認識。俺って古かったのね。

2009/12/22

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