早朝坐禅: 凛とした生活のすすめ (祥伝社新書 76)
早朝坐禅: 凛とした生活のすすめ (祥伝社新書 76) / 感想・レビュー
SOHSA
《購入本》4年振りの再読。当時、坐禅に興味を持ったものの実践に至らず、やっと今年に入ってから毎日早朝15分ほど坐禅に取り組むようになった。以前読んだ本書を思い出し本棚の奥から引っ張り出した。副題にある「凛とした生活」は憧れでもあるが、実現はなかなか難しい。日々の生活における心構えや覚悟がやはり私には足りない。著者の語る死生観、生老病死観に関する事柄は喫緊の課題ではあるが容易に答えに辿り着かない。とりあえず著者の言説に従って坐禅を組み瞑想し、街々を自分の脚で歩くことから始めよう。
2019/05/30
SOHSA
《購入本》“ひとり”ということの意味。他との比較による相対的な判断ではなく、そのもの自体に対する絶対的な洞察の必要性。そのための一方法論としての早朝座禅。座禅という手法を取り入れながら、筆者自身も語っているように、正統な座禅とは異なる思考に基づいている。座禅を通し、無理に無念夢想を目指すのではなく、悩み惑い考えながらそのこと自体を楽しむという自然体の姿勢こそが大切であると筆者は述べる。形はどうあれ、自身と静かに向き合うこと、それが禅の本質かもしれない。
2015/01/31
朝乃湿原
タイトルの坐禅についての内容は本書の1/6しかなく、著者の経験から説明したものなので、あまり参考にはならなかったが、現代社会に欠けている「沈黙」と「静寂」を坐禅することで味わうべきという考えには賛成する。
2024/09/04
B.J.
●人生80年になるとさんざん働いて定年を迎えても、死を迎えるまで2-30年もの時間が残されている。ゆっくりと老い、衰えや病気と付き合いながら、徐々に死に近づいていくわけだ。そのライフサイクルは、「生か死か」というシンプルなものではない。「生」と「死」のあいだにある「老」や「病」を受け入れざるを得ないのが「人生80年」の時代。その場合、人生観は「死生観」だけでは足りない。「生老病死観」とでも呼べるような、新たな人生観のようなものが求められる。・・・本文より
2020/03/11
朝日堂
早朝に座禅をしたことのある人はよくわかる本。座禅というと無我を目指すのが一般的だが、本書では著者の「勝手禅」ということで、雑念や妄想などをとりたてて排除せず、あるがままに毎朝5分からはじめてみようと提唱している。そうした静かな時間に我と向かい合うことで、心とからだの平静を保とうという狙いである。本来あるべき座禅からはかなり乖離しているが、それでも今の世に実利のある手段であることは間違いないだろう。
2012/12/26
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