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有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論

有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論

有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論

作家
カンタン・メイヤスー
QuentinMeillassoux
千葉雅也
大橋 完太郎
星野太
出版社
人文書院
発売日
2016-01-23
ISBN
9784409030905
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有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論 / 感想・レビュー

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ころこ

新たな世界の提示はしている。それでは、その世界の物理法則を使って、明日から実験することは可能かと物理学者に問われれば、そういう話ではない、と哲学者は答える。以上は、本書の独自な展開ではなく、文系と理系の間でよく行われるやり取りです。優れた哲学的論点は、その問いが無かったときのことを忘れさせてしまい、その問いが無いという事態を想像することが困難になってしまうくらいに、問いの磁場が周囲を巻き込みます。その時、問いを提示した者の答えが問いに到達していなかったとします。その様なことはよく起こります。ですが、答えの

2018/06/18

しゅん

思考と対象は切り分けられないというカント以来の相関主義を崩すことで、文系/理系という知の交流が断ち切られてしまった時代条件を変換しようとする意欲的な一冊。非常に論理的な書き方をしていて、一つ一つの議論を丁寧に追いかけることはかなり難しいが、カントの「コペルニクス的転回」と呼ばれるものが、実は地動説とは真逆の全てを主体の問題に帰する「プトレマイオス的反転」なのだと断言する最終章にはシビれた。デカルトやヒュームを現代的な文脈と重ねて読み直したいという欲望を喚起させる、刺激的な読書だった。いずれ再読します。

2017/12/17

内島菫

非理由律とホラーあるいはSFが結びつきやすいことは、私たちは遅くとも1995年にエヴァンゲリオンで、少なくとも前触れとして知っていたはずだ。つまり、使徒がどこからやってくるのか分からないという設定は非理由律である。また、イデオロギーや大国の覇権が有効であった時期においては、「共同幻想論」のような相関主義の一種も、それらからの解放という意味を持ち得たかもしれない。が、イデオロギーや大国の効力が薄れ、主義や地域に関わらず常にあるのは貧富の差であり悪いことの連鎖であるという意味では、(続く)

2016/06/21

またの名

何が凄いか分からないけど凄い(らしい)本。カントは人間の認識枠を通す前にある物自体を捉えるのは不可能とし、しかしだからこそ超自然の領域を確保できた。後続者も物自体については沈黙せねばならないと形を様々に変えて説き、認識外のことは結果なんでも信じていいシニカルな状況が出現。そこでジジェクが弁証法的と指摘する発想の転換によって本書は、物自体への到達不可能性を絶対なる即自の物へと反転させる。すべてが偶然であることのみが必然となる超カオスでは何物をも破壊できどんな怪物でも生まれうるが、哲学は科学と数学の婢になる。

2017/05/31

Bartleby

思弁的実在論の文脈で知られる哲学者カンタン・メイヤスーによる、次の瞬間には何が起きるかわからないといういささか神経症的なと言えなくもない仮説の証明。弥勒とかメシアの到来を理論的に支えられそう。哲学はみなSFだが本作は中でも極上のSF。面白かった。数学者に読んでもらって感想が聞きたいとせつに思った。数学的帰納法、極限、無限といった観点から。

2022/11/23

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