象徴天皇という物語 (ちくま学芸文庫 ア 2-5)
象徴天皇という物語 (ちくま学芸文庫 ア 2-5) / 感想・レビュー
うえ
「1915年の大嘗祭に、当時貴族院書記官長であつた柳田は大札使事務官に任命され、奉仕する機会を得た…十四日夕刻から十五日払暁にかけての大嘗祭に奉仕し、身をもって体験した…柳田はその体験を、「神秘の夜」当時題して書き残している…「神殿の中の御燈の光おぼろに何ともしれぬ神秘の色につつまれて見え、殆んど一切の音と色とを絶した世界…あまりの静かさに私達威儀の役に参つたものも…砂利を踏む音が気になるほど耳だつてならない」…柳田はこのとき、大札服を身にまとい弓矢を捧げもち、南門の神門の内側にたって警固役をつとめた」
2018/06/18
犬猫うさぎ
第一部(126頁)まで。***象徴天皇制の思想的な生みの親は、和辻や津田左右吉といった、広義に自由主義思想家にくくられる人たちであったのだ。偏狭な国体論者や右翼イデオローグらが、象徴天皇制を生み育てたのではない。むしろ、かれらの国体論的な天皇制論を批判的に乗り越えようとするなかに、そうした象徴天皇制論が登場してきたのである。その、したたかに重い逆説は、依然としてわたしたちの現在を呪縛している。(77頁)
2024/02/16
isbm
★★☆
2018/12/13
じめる
1990年という、まさに重大な年に書かれた本で、そこがまずいい。津田と和辻という二人の巨人の論考を見ながら、象徴としての天皇、国民精神の総体としての天皇などの原型をみつけようとしていったり、折口の方法論がいかに新しい道筋を天皇制に差し出したか、そしてそれはいまなお生きているのかを問うたりする。象徴天皇は形骸化へ歩みを続けるといったときの、その形骸化とは虚器=象徴としての天皇制を、まったくストイックに果たしていくことにはならないのだろうか。
2013/08/25
natsu_san
ななめよみ
2010/05/19
感想・レビューをもっと見る