隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫 う 32-1)
隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫 う 32-1) / 感想・レビュー
kaizen@名古屋de朝活読書会
上橋菜穂子愛好会】「科学の実験では、「条件の統制」が非常に大切ですが、人が人について学ぶ人類学者の場合は、研究者が現地に入った瞬間、否応無しに、観察対象に変化を起こしてしまいます。この現実を無視して観察者である自分を透明人間であるかのように民族誌を書くことの愚かさを人類学者たちは悟り」。社会調査法の基本である外部観察法と内部関与法の差を、みごとに叙述している。アボリジニが死者が出た家を捨てて余所へ行く話を、鹿の王でみごとに活かしている。鹿の王読者必読。
2014/11/02
雪風のねこ@(=´ω`=)
この本を読む事によって上橋作品に描かれる、肚の奥底に刻まれた熾火の様な憎しみや心を覆い深く閉ざす闇が、何から根差す物なのかを知る事ができた。自らの文化を普及させる事は被民族の文化を否定する事に他ならない。やるせないほど悲しいのは、白人文化を受け入れたとしても“生きていけるのに気づいてしまった”事だ。今まで頑なに守ってきた掟や法は一体何だったのか。自己否定に苛まれてしまう。生きる為に仕方がないとはいえ、白人にはなり切れず、元の部族にも蔑まれる。これほどの苦しみはあろうか。(続く)
2016/04/24
文庫フリーク@灯れ松明の火
上橋菜穂子さんの文化人類学者としての顔を見たくて購入。アボリジニの通う小学校の先生としてオーストラリアへ渡られたのは28歳・大学院生の時。題名通り【大自然の民アボリジニ】ではなく【小さな町で白人のお隣さんとして暮らすアボリジニ】について書かれた本。差別・迫害・保護の弊害など、今まで知らなかったオーストラリア国民としてのアボリジニが心に痛い。1936年原住民管理法―原住民の親が子供を育てると子供も下等な原住民になってしまう、と親の意志に関係無く子供を施設へ強制収容する【連れ去り】重い事実を含みながら→続
2010/09/15
翔亀
アボリジニ--オーストラリアの先住民族。最新作「鹿の王」でも絶好調な上橋さんの本業(副業?)文化人類学者としての作品である。アボリジニは、ドリームタイムと呼ばれる神話の世界、自然と共生する呪術的な生活、豪州の抑圧の歴史と多民族政策等、論者により様々。その中で本書は、大学院時代に小学校の教師として初めて渡豪した体験を語るルポで始まって、いつの間にかアボリジニの神話的世界に巻き込まれていく。単にたまたま出会って友情から聞き取った「思い出話」に過ぎないと断っているのだが、この10年間の研究成果は伊達ではない。
2014/11/05
ゆうゆうpanda
文化人類学者である上橋氏が10年のフィールドワークで知り得たアボリジニの話。しかし、これはアボリジニ論ではない。過度に一般化されては困るという慎重な態度の上橋氏。私もレビューにまとめいいのかさえ躊躇う。そもそもアボリジニ特有の文化とは何か?伝統集団ごとに違う文化があるし、白人の文化に馴染むような政策を通して伝承が途切れてしまっている。社会保障で暮らして行くことはできても、若者は未来の見えない鬱屈の日々を送る。自分の起源について悩む姿はまるで思春期。そんな人達が日本人の友人に語った極プライベートな話である。
2016/08/16
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