石川淳全集 第1巻
石川淳全集 第1巻 / 感想・レビュー
耳クソ
「ある午後の風景」、「名月」、「長助の災難」が面白かった。「長助の災難」の、理不尽な災難に苛まれながらあくまで独善的に考えることをやめない凡夫である長助の、その思弁の周縁で靄を纏っている死んだ二人の息子を、長助が確認したときの微笑が切実なものであった。「名月」における家庭内の個々のずれや、「ある午後の風景」での自他の断絶のあわいのギリギリの線に突っ込んでいく思弁など、私が小説を読む上で欲しているものがそこにはあった。なぜ「佳人」以降の作品が世間では目立っているのか不思議でならない。
2021/11/03
夜間飛行
初期作品を読むと、石川淳の核がいかに形成されたかわかる。原質はすでに「手の戦慄」に見られ、少年の劣等感をじわじわ痛む傷口ではなく、むしろ内部にある、痛みを伴った硬質の感覚として描く。「鬼火」の脆弱を補うため、「ある午後の風景」で私小説に回帰し、さらに「桑の木の話」では世の似非道徳に対する強烈な軽蔑をこめる。大正13年といえば、借家住まいの者と近所のコミュニティーの「ずれ」も大きかったろうが、そういう社会と個人の「ずれ」を描く視点が鋭い。淳はこの小説を発表した翌年、左翼学生扇動の件で糾弾され、福岡を去った。
2013/03/05
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