目玉と脳の大冒険: 博物学者たちの時代
目玉と脳の大冒険: 博物学者たちの時代 / 感想・レビュー
袖崎いたる
タイトルの目玉とは観察に根差した博物学者を指し、脳とは思索に基づいた哲学者を指す。博物学者の定め(と呼んで差し支えない)として目の衰えが押さえられていて、その学者生命は視力に掛かっているといってもいいとのこと。そして視力を失った博物学者は目による観察の代わりに、脳による思索へと向かう羽目になるわけだ。とはいえ目から得た知は脳によって意味づけられる。本書で言及されている理論にある「証言よりも理論をこそ」というヨーロッパの伝統は示唆的であり、中世ヨーロッパにおける汎知学者の欲望も実現可能であったことに頷ける。
2017/04/23
トムトム
人間が世界をどう認識していたかの歴史が面白い!博物学の歴史ではなく、あくまでも人間の認識能力の歴史というか。今現在の最先端も、未来人から見たらしょせんそんなもんさ。
2019/09/06
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