哲おじさんと学くん: 世の中では隠されているいちばん大切なことについて
哲おじさんと学くん: 世の中では隠されているいちばん大切なことについて / 感想・レビュー
ころこ
会話形式で行間に適度に空白があるので、読み易いかと思いきや、なぜこんなに難しいのかといつも不思議に読んでいます。最初は簡単な言葉で内容も平易ですが、数ページで難しくなり、前半数十ページで立ち止まることになります。平易な言葉と適度の空白感が、むしろ、内容の難しさを際立たせているように思えます。特在性が言葉に吸収される「カント原理」の説明が不足しているため、分かる読者には分かり、分からない読者には伝わらないという現象が起こっているようにみえます。それは、まさに平易な言葉による「カント原理」の発動だといえます。
2019/12/09
へくとぱすかる
再読。今回もなかなかハード。理解できたなどと言うつもりはありませんが、1つの問題について、いろいろと方向を変えてアタックしていることはわかります。何らかの解決を求めるのではなく、議論を続けていくこと。それが哲学だと教えてくれます。ラストの哲おじさんは、ちょっぴり……ですが、それもわかった上という設定なんでしょうね。「転ブラ」をもう一度読んでみます。
2018/03/11
へくとぱすかる
タイトルは易しそうだが、「永井哲学」の最前線を述べる。対話形式が非常に読みやすいとはいえ、哲学としての水準は高い。世の中から隠されている重大なこととは、「今」とか「世界」にも関連する。世界を成り立たせる、最も基本であるはずの事柄が、実は一枚の絵に図示することもできない厄介なものだというのは、一体何に起因するものなのだろう。人間の自意識の成立が、必然的にそのような構造にならざるを得ないのか? あるいは別の生物ならこんな世界像が成り立たないこともあるのだろうか? 思考実験としての哲学を自分でやってみたくなる。
2015/01/19
ももたろう
難解だったので、覚悟を決めて丁寧に行きつ戻りつしていっぺんに読んだ。間をあけると理解できなくなると思ったからだ。そして、難しかったけど、全く新しい視点を得られたと感じた。『本質的に言語で表現できない問題。すなわち、言語的世界観と本質的に対立している端的な事実があるのだ。そのことこそがこの問題の本質である』「端的なわたし」は言語で語られることにより、概念的世界観のものになる。しかし「端的なわたし」は、語り得ぬものであり、証明できない。ここに、神の概念を出すのは、永井さん的には逃げなのだろう。
2016/10/17
ころこ
著者のいっていることがどこまで理解できたのかが原理的に理解できないというのが本書の主張なので、どこまで理解できたかは分からないままです。本書や『私・今・そして神』でいわれているカント原理とライプニッツ原理は、64話で「ライプニッツ原理は素朴実在論で、カント原理は反実在論だ」といわれていることから、思弁的唯物論でいわれているカントとヒュームに近いという以前からの直感が考察に値する問題なのではないかと思うようになりました。理解できない独り言として、気になったのは30話46話55話56話65話73話74話。
2018/10/21
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