器用な痛み
器用な痛み / 感想・レビュー
ケイ
痛覚のない貴婦人のような指をもつ天才外科医。こういう設定は鼻白むものだが、そう思う余裕も与えてくれないほどのリアルな外科シーンに怯え、何度も本を途中で閉じてしまい、読了に一ヶ月かかった。忘れていた冒頭を読み返すと、色んな意味が感じられる。彼の孤独感や辛さが昇華されていくような…。練られ、考え抜かれた構成だとは思うが、解説にあるようなマキューアンやドン・デリーロ、村上春樹を抑えて賞をとるほどの力量は感じられなかったように思う。奇抜な内容は、二作目に続きにくいのかもしれない。
2017/07/01
まふ
「これぞ幻想小説」というべき驚きの作品。痛みを感じない身体に生まれついた冷静な男が旅回りの見世物から脱して名外科医となって名声を響かせるが恋に落ちる。以来正常の人間の感覚に戻り同時に精神異常を来し落ちぶれて死んでゆく、という波乱の一生。語りがうまく、ぐいぐいと引き込まれてゆく。圧巻はロシア女帝(エカテリナだろう)へのワクチン接種の旅の途上襲われてけがをするが自らの顔、唇、身体を鏡を見ながら「縫合手術」する場面…。万事奇跡のような物語であった。G524/1000。
2024/05/30
藤月はな(灯れ松明の火)
母親の姦通の結果、生まれたジェイムズ・ダイア。貴婦人の指と鷹のような瞳、高貴さすら漂う美貌の天才外科医には痛覚が生まれつき無かった・・・。そのためか、彼は生まれた時から一度も泣かず、天然痘で家族全員が亡くなっても生き延びた。生まれ落ちることで母親から疎まれ、人間性の構成部分が欠けていることを気に病みながらも己の持つものを武器にし、人を死に招きながらも生きたのは、『香水』のグルヌイユに似ている。両性具有、シャム双生児、解剖学、社交界、アンモラルな性交、政治などのビビッドな描写に自然の変化描写が相まり、絶妙。
2016/03/21
NAO
全く痛みを感じない人間ジェイムズの波瀾万丈の生涯。悪魔的な闇の世界がまだ色濃く残り、だが、時代は科学的進展を見せている。そんな時代にあって、ジェイムズの存在は、善なのか、悪なのか。人間らしい心を持たず野心は人並み以上のジェイムズが、人間らしくなることなどあるのか。いきなりジェイムズの死とその解剖シーンから始まるというショッキングな展開に、ぐいぐい引き込まれていく。中世と近代、曖昧さと明快さが混在する、なんとも妖しいピカレスク物語。
2019/12/20
星落秋風五丈原
【ガーディアン必読1000冊】パトリック・ジュースキントの小説『香水 ある人殺しの物語』は、自分には全く匂いがないが、あらゆる匂いを感知できる能力を持った男性の物語だ。一度嗅いだ匂いを完全に憶えているだけでなく、それらの匂いを組み合わせて想像の中で様々な匂いを作り出し楽しむことができた。また。それを嗅いだものの心を意のままにするような香水を密かに作り出すこともできた。調香師として天性の才能を持っていたわけだが、その才能は、決して彼を幸せにはしなかった。ジェイムズ・ダイアには、彼と同様の匂いを感じる。
2024/05/14
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