文盲: アゴタ・クリストフ自伝 (白水Uブックス)
文盲: アゴタ・クリストフ自伝 (白水Uブックス) / 感想・レビュー
buchipanda3
「悪童日記」の著者の自伝。というか読み味は物語のようで、その気取らない文章の不思議な魅力にすっと取り込まれた。クスッとさせるユーモラスさを見せたと思えば、目の前のシビアな状況をぶれずに見つめる様が合わせて描かれ、その正直な人となりが浮かんでくる。兄との関係はまさに悪童日記だなと。母語と敵語という表現が印象的だった。"読む"ことが著者の人生にとって大きい中、母語から離れることの意味。支配国のみならず難民先のフランス語も敵語なのだ。ただそれでもどの言語でも彼女は"書く"。彼女が書いた本をまた読みたいと思った。
2021/07/23
zirou1984
その言葉を使うことで己の母語が殺されるのをわかっていながら、それでも物語を紡ごうとすること。亡命作家であるアゴタ・クリストフの作品から漏れ聴こえる引き裂かれた悲鳴は歴史の慟哭であり、そうした母殺しの必然性を背負った故の声なき叫び声でもある。それでも、彼女は読むことの、書くことの喜びを捨て去らなかった。諦めなかった。だからこそそれは今も多くの人を夢中にする。簡潔な言葉で語られる半生の記録は透き通った湖に沈殿する澱のような、美しさに相反する不穏さが見え隠れしている。それは一つの悲劇であり、一筋の希望でもある。
2015/01/26
かみぶくろ
悪童日記三部作に魅せられてついつい自伝も読んでしまう。なんて寡黙な自伝だろう。おばあちゃんが孫に思い出をポロポロ語るレベルの簡潔さだ。個人的に惹かれたのは、この人の小説が4作でほぼ絶筆になったこと。勝手な見解で恐縮だが、たぶんもう書く必要がなくなった。喪失と貧困のルサンチマンが三部作を書くことで一定程度昇華されたゆえに、ひりつくような物語を書く動力は失われてしまったのではないだろうか。もちろん、そのことはこの人の作家としての偉大さを損なわない。すべてを出しきったからこその、悪童日記のあの輝きである。
2014/11/12
Y2K☮
創作と同じ文体&空気を纏った自伝。「悪童日記」三部作や「昨日」の副読本という感じで(不動の術など元ネタも出てくる)、そことリンクしない出来事には殆ど触れられていない。簡潔な文体と長くないページ数で満足感をもたらすのも小説と同じ。著者の腕も然ることながら理解ある訳者の力が大きい。アンナ・カヴァンと同様、この人も理不尽な人生の中でポジティブな志向性を保つ為に読書と創作を欲した一人だろう。作家業で成功するよりも亡命などしないで済む方が幸せに決まってる。ところで著者の文筆業のルーツは戯曲なのかな? ぜひ読みたい。
2015/10/24
五月雨みどり
なんか…ずっしりきた。読み終わって、すごく重い砂袋を預けられた気分とでも言おうか。前半の子供時代は「これは私のことではないか?」と錯覚するくらい、自分の育ってきた心情に近いものがあった(もちろん生い立ちや家庭環境はまるで違う)。成長してからの生きること(物心両面)の苦難と、それをある危険な決断の成功から回避した末に、著者を覆ってゆく砂を噛むような脱け殻の日々。しかしこの時間が、著者をゆっくりと作家に成したのだと思う。中欧の近現代史は平和ボケの現代日本人には圧が高すぎて、思わず本を閉じてボンヤリしてしまう。
2015/06/05
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