(004)秋 (百年文庫)
(004)秋 (百年文庫) / 感想・レビュー
やすらぎ
秋深まりふと手にした本の冒頭が志賀直哉の流行感冒である。流行病による心理圧迫。人々の結びつきを切断し精神を絡ませる。思いやりや優しさが砕かれた欠片を繋ぎ合わせていく。個性豊かな愛嬌ほど影で支える人によって輝きを放つ。悪気がないから最後は皆が笑顔になれるのだろう。一度登りきった山をまた麓から向かうのか。なぜ以前より高く遠く聳え立つのだろう。ああこの一年も早かった。穏やかな日和に大銀杏の黄金の雨を浴びながら、心のさざ波に淋しさを感じながら、一葉色づくような幸福に満たされていく。正岡容、里見弴。百年文庫を綴る。
2022/11/11
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
暮れる秋の夕暮れは早く、呆気なく昼が終わってしまう。むっとする草いきれに溢れる生命力の時代は過ぎ去って、葉は次第に色をつけしっとりと地を埋める。 夕陽で赤く染まる街、生命の静かな終わりたち、冬の薪の燃える匂いも、かすかに。大声で叫んであの坂を下りたい。 あの坂の先には、いつかあったあたたかい家の灯りが、湯気をたてる夕餉の支度が、ある気がして。望郷の気持ちと、幼い頃の記憶と、秋の香りが。差し迫って混ざりあって、ほんの少し、泣いた。
2019/11/16
藤月はな(灯れ松明の火)
三遍共に爽やかな気持ちになる。「流行感冒」は愛娘を病気にさせまいと神経質にならざるを得ない作者の姿に苦笑。しかし、石さんとの誤認が解けて良かった。石さんの嫁入りに幸福を祈る姿にしんみりしました。「秋日和」の無自覚に働く女の事を下に見る親戚筋に苦笑するしかない秋子に対し、苦言を呈す娘アヤ子の人生経験の差が出る受け止め方が印象的。しかし、ロマンスは意外な所から微笑ましく、やってくるのね。そして「置土産」は本当に絶品!朗読しても楽しいし、ちゃらんぽらんでいて芸には真っ直ぐな男の泣けて笑える洒落にやられます。
2018/08/09
えみ
『秋』と題されたこの短編集は、まさに秋の爽やかな風を感じるような3篇が収録されている。百年文庫シリーズ第四弾。愛情たっぷりの裏返しか?心配性で過保護な親が女中の人柄を巡ってあれこれと神経質になってしまうが…その感情が温かい志賀直哉『流行感冒』。若い講釈師と私生活破綻師匠のちょっと可笑しな生活がもたらした芸の道しるべが心に響く正岡容『置土産』。未亡人と未婚の娘を世話する周りの動向が面白い里見弴『秋日和』。夏の暑さが遠のいてホッとできる秋、澄んだ空気を胸いっぱい吸い込むように爽快な気持ちで読書ができる一冊。
2022/09/24
桜もち
愛娘が何としてもかからないよう神経質に妻や女中に注意する私の自粛警察っぷりが激しい『流行感冒』志賀直哉。コロナ禍を描いているのではないが、なんという類似。一番好きなのは、正岡容の『置土産』。飲んべえで調子が良くて気まぐれにフラリといなくなる講談の師匠とその尻ぬぐいに奔走する弟子の間の、江戸弁の応酬が心地よい。一流の芸を秘めるずぼらな師匠には悪い魅力たっぷり。そういう人が真剣になった時は正に神業。振り回される弟子は大変どころではないが…でもなんだかんだ敬慕しているのが好感。里見弴の『秋日和』腹立たしかった。
2020/12/10
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