(010)季 (百年文庫)
(010)季 (百年文庫) / 感想・レビュー
新地学@児童書病発動中
改めて百年文庫の素晴らしさを実感した一冊。短編ながらどの作品も長い時間の経過を描いており、三冊の長編を読んだ満足感を得ることができる。島村利正の『仙酔島』は人間同士の不思議なつながりを格調高い文体で描き出しており、昔の日本の文学が持っていた香気を伝えてくれる一篇。井上靖の『玉碗記』はこの作家らしい人間の孤独を表現した短編で、薄幸の夫婦の生が胸に迫る。円地文子の『白梅の女』が一番の好みで、師と教え子の恋という禁断の喜びに身を焦がした二人が、年齢を重ねてから再会する場面のしみじみとした味わいが良かった。
2015/11/08
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
思い返すと梅の香が鼻を擽る。凛として透き通った空気のような、それが寧ろ弛むような、可憐なおんな。心中したいと思いつめる相手もないし、夫と死に別れることも今は想像できないけれど。何時だって愛するひとに一途で誠実で、過去の男にも恥じず寄らず、背筋を伸ばすけれど寛いだ雰囲気も醸すような、たか子のような才女でいたいと憧れる。 円地文子さんのお名前は初めて聞いたけれど、もう少し長文の「白梅の女」で描かれなかったたか子の生涯とじっくり向き合いたかった。名残惜しい気持ちです。
2020/11/23
藤月はな(灯れ松明の火)
「季」というよりも「色」、「食」、「光」のテーマも見える三篇。初円地文子作品ですが、滋味溢れる素晴らしい作品。生涯で命を燃やし尽くしても構わないと思うほどの恋をしたたか子。そんな彼女の過去を知りながらも受け留め、尊重できる女性として愛し続けた沢辺氏がいてくれたからこそ、彼女は凛然とした美しさを持ったのだろう。しかし、そんな彼女が唯一、取り乱したのが自分の子供と逢う事だった。過去の激情の亡霊とも言える息子との再会は、彼女に調和を齎してくれた沢辺との不義理になる不意打ちだと思ったのだろうか。一抹の哀れがある
2018/08/11
えみ
気高い誇りと繊細な愛を、移ろう季節に投影した3篇の短編集を収録した『季』。百年文庫シリーズ第10弾。一度は命まで惜しくないと思った恋の相手との再会と、確かに重ねた年月の重さが身に染みる夫への愛を描いた、円地文子の「白梅の女」。旅先で思い出すのは決して表に出すことのなかった想い、細やかな感情描写が美しい、島村利正の「仙酔島」。亡き妹と、彼女の夫となった亡き友人の疑念の残る愛情を伝説の硝子器を見ることで解放させた、井上靖の「玉碗記」。季節の特徴を登場人物達の心と見事にシンクロさせた高潔麗しい想いが眩しい一冊。
2022/11/06
アルピニア
私にとって、感情を読み取るのが難しい3篇だった。「白梅の女/円地 文子」若き日の道ならぬ恋の熱情を鎮めたのは子への罪悪感だったのではないかと思うのだが、最後の反応がよくわからなかった。「仙酔島/島村 利正」船頭夫婦を見て心によぎった思いとは、何だったのか。あれでいいのだ。に吐露された気持ちがもやもやとしてつかめなかった。「玉碗記/井上 靖」春日皇女の歌に込められた愛のない悲しみ。それを何度も朗読する男。愛に気づいたのか、それとも愛せなかったことに対する後悔なのか。
2023/05/19
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