波 (ヴァージニア・ウルフコレクション)
波 (ヴァージニア・ウルフコレクション) / 感想・レビュー
ケイ
『オーランドー』で、凍ったテムズ川が氷解し濁流となって海に流れ込む描写に圧倒され、行きつ戻りつする語り方に興味がわいた。ならばそんな語りをまさに『波』という作品で触れてみたいと思った。昨夜に手に取った時は、頭の中を流れていった言葉たちが、今朝の光の中では活き活きとしていた。朝の陽射しを浴びてよせては返す波たち。そして、夜の前の暗さと静けさ。その中にスーザンたちも埋もれてしまい…、なのに語らないパーシヴァルだけが、蹄の音高らかに、髪をなびかせ、駆け抜け、そして馬から遠く飛ばされるのが鮮やかに見える。
2019/11/12
たーぼー
六人が各々の略伝を披露し、これが幾通りもの言葉に喩えられ、行進となって押し寄せる。でも彼らの、彼女らの、人生観を突き放して見つめた場合、この多面的性格を帯びた内的パノラマは、一定の形を保つハーモニーとは限らない。諦観の中に陽光を見るとき、陽の高く昇る場所へ出たいのか!と気付くし、陽がやがて沈むとき、そこにも閉ざされた人間の心を開放する扉が待ち受けているのか!と気付く。そのどれもが真であることを本書は証明する。同じ様に、砂浜に描いた『生』と『死』の文字もやがて打ち寄せる波にかき消され、又、くり返すだろう。
2016/12/28
miyu
まるで寄せては返す波のような群像劇か。いや実は一人の人間の多面性の呟きのようでもある。真っ暗な舞台の上に飾り気のない様子で立つ6人の男女。互いの言葉に被せるように心情を吐露する様が目に浮かぶ。口々に絶え間なく。バーナード、ネヴィル、ルイス、スーザン、ジニィ、ロウダ。そして6人の口から語られる伝説のパーシヴァル。誰もが皆私たちの中にも潜んでいるのだ。若い頃に読んだ時にはまるで気にも止めなかった(気づかなかった)部分に強く心囚われた。消え行く寸前の彼らの言葉に。波の始まりと終わりに身が震える。素晴らしかった。
2018/01/04
長谷川透
波は押し寄せる。緩やかに、時に忙しなく、打ち寄せては渚に砕け引いて行く。この物語で響く声は多重で、心的なシンフォニーを奏でる。個々の声はそれ自体で独立しておらず、従属的で、渚の音が寂しく届く陸上にも波の相似を映し出す。日の出前から始まり日没直前までの一日を描きながら、その中には人間の生死と一生を謳う強い声が轟く。静かな波が突如強くうねるように。バルトは文章を「編み物」に喩えて「テクスト」という術語を唱えたが、『波』は、自然、命、処々の無常を文章の中に編み込んだ芸術品で、テクストだけで読ませる希有な作品だ。
2013/01/02
ソングライン
幼き頃の思い出を共有する男女6人の心情風景が、年代を追うごとに語り継がれていく構成、6人の共通の友人で若くして事故で亡くなるパーシヴァル以外は、それぞれの人生の具体的なエピソードは語られません。しかし、自我がまだ目覚めぬ幼い頃の共通した眩しい感覚、やがてそれぞれの個性が現れる青春時代、そして何かのために生きねばならぬ青春の終わり、そして時の深遠の中に消えていく死、波のように繰り返されていく人間の生が静かに語られる作品です。虚無感が漂う難しくも、美しい世界でした。
2019/01/17
感想・レビューをもっと見る