自由主義は戦争を止められるのか: 芦田均・清沢洌・石橋湛山 (歴史文化ライブラリー 426)
自由主義は戦争を止められるのか: 芦田均・清沢洌・石橋湛山 (歴史文化ライブラリー 426) / 感想・レビュー
Noribo
国内外で自由主義と相反する勢力がじわじわと勢いを増しています。本書は芦田均・清沢洌・石橋湛山という3人の自由主義者が戦時期の日中関係にどのように向き合ったのか、自由主義の構成要素である(中国への)寛容と(自国の)自律を軸に研究したものです。当時の帝国主義、軍国主義一色の社会にあって、経済合理性を主張して中国等の民族自決に理解を示し米英等との国際協調を訴えましたが、これは命の危険を伴う勇気ある行動でした。これには尊敬しかありません。中で芦田は私の出身高校の旧制中学期の先輩でして、とても誇らしいです。
2023/04/28
ア
(冒頭で自由主義を寛容と自律と定義し、その枠組みで三者を論じた際の寛容の扱い方がイマイチうまくいっていない気がするものの、)おもしろかった。現在、中国の台頭、ウクライナ危機、元首相の暗殺などが起こっている。また、私自身はリベラリストかつデモクラットかつリアリストでありたいと思っている。そのようななかで、20世紀はじめ〜戦後にかけて、自由主義者が言論の自由や軍備拡張などにどう向き合ったか(そしてどのように/なぜ敗北したのか)は、非常に重要かつ現代的な問題だと考えている。蠟山政道や戸坂潤らについても調べたい。
2022/07/24
バルジ
「自由主義」に「戦争」という視座からその可能性と限界を論じる好著。本書では芦田均・清沢洌・石橋湛山の3名から自由主義の孕む限界を明らかにする。彼らはともに中国ナショナリズムへの理解を示すとともに国際協調を説いた論者である。同時代としては稀少な論者として今もなお色褪せない言論活動を展開したが彼らは戦争へと至る道に抗いながらも抗いきれない。それは自由主義に内包されていたナショナリズムが一定の限界を与えたからである。彼らは自由主義者でありナショナリストとして後者の自覚を捨てきることは出来なかったのである。
2024/03/23
rubeluso
本書で取り上げられている三人いずれも、国際協調や経済合理性重視の姿勢をもち、「寛容」と「自律」をモットーに自由主義の立場から戦争に反対した。しかし、戦時においては寛容と自律は反転し、あるいは自由主義はナショナリズムにも通じて戦時体制を容認する言説すらも彼らから出てきてしまう。三人の自由主義者の戦前戦中の言説を追っているが、共通するのは「満州国」がボトルネックであり、「満州国」を前提とした、あるいはせざるを得なかった点で既に道を誤っていたのではないかという印象を受けた
2016/09/06
mdsch23
清沢洌のパートが気になり購入。「暗黒日記」は読みやすくかつ戦中の噂話から事実まで様々な情報と意見が載っており大変重要な資料ですが、そこでうっすらと感じた現代的民主主義とどこか外れた植民地化観について本書で簡単ながら解説をされている。清沢洌氏の思想のアウトラインを知るのに良い本だと思う。
2016/06/08
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