この庭に―黒いミンクの話
この庭に―黒いミンクの話 / 感想・レビュー
ヴェネツィア
不思議な構成をとる物語。熱を出して眠るミケルの幻想なのだろうが、そこでは時間の感覚が錯綜しているかのようだ。最初に読み始めた時は、この物語の語り手が中年の男性だと思っていた。途中からそれが女性であることに気づくのだが。そして、登場する個々の存在間の境界もまた曖昧だ。「私」は「少女」でもあり、あるいは「ミンク」、さらには「サーディン」でさえあるのかも知れない。しかも、それは幼いミケルの中に統合されつつ、周囲の誰とも関係なくそこに「在る」のだ。挿絵とあいまって、しばしモノクロームの世界に浸ることができる。
2012/07/14
nico🐬波待ち中
『からくりからくさ』のミケルの、もう一つの庭のお話。傷心のミケルを訪ね、そっと慰めるのは幼い頃のミケル。雪で真っ白くなったこの庭は、あの頃の青々と草花が豊かに生い茂る懐かしい庭と繋がっているのかもしれない。だからミケルを心配した幼いミケルは、夢の向こうから訪ねることができたのかもしれない。一人雪国へと逃げてきたミケルは、ようやく春を迎える準備ができた。難しく考えずに自然の流れに身を任せるといい。今は雪深い冬の最中。だから今はまだ、あの頃の夢を見ながらゆっくりお休み。春になったら自然と目が覚めるのだから。
2019/05/19
美登利
詩のような小さな物語。北の雪の街にやってきたミケル。何者かに恐れ世間から逃れるように、雪に埋もれた家でただアルコールを飲み続けオイルサーディン缶だけで過ごす日々。意識の混濁と夢と現が入り交じる世界観。読者には病的にさえ感じる主人公の思考とモノトーンの風景の中に、突然赤い色が差す。そこが日本なのか外国なのか分からないのだけど、目覚めたミケルはまだ幼くて「りかさん」の容子たちの家のベッドに居たというつながり。「からくりからくさ」も読み返したい。
2017/08/01
コットン
梨木香歩さん2冊目。1冊目の「家守綺譚」は自然な不思議さがあったが本作は、作った強引なとも言える不思議さがある。本文にも『心を鷲掴みにされながら否応なく深みに引っ張られる』と。(そういった世界を描きかったのかなァ)須藤由希子さんの絵は雰囲気あっていい!
2013/04/21
優愛
私は今、自分が"正しく"冬にあるとわかっていた。厳寒にある植物がどこかで春の芽吹きを知っているように――「あの人たちを分かりたいのでしょう?」夢と現実が切り替わりながら進んでいく本作はミステリアスでファンタジーな世界観に溢れている。逃げるようにして辿り着いた地で酒浸りの日々を送る主人公が私は羨ましい。それでもここで憧れるだけ、願うだけ。誰だって居場所があっても満たされないものはその片隅に確かにある。モノクロの世界に突如滴る鮮血は目に映る唯一の痛みの象徴。この庭の雪はまだ融けない。春の兆しはまだ少し、遠い。
2017/06/22
感想・レビューをもっと見る